濡れ立て 小鳥
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
挙動不審。
生きていくうえで、どうしても気になるし、注意したくなるものだと思う。
意味が分からないから、不審になる、いわば、自分が生きているコミュニティや地域のルールとして理解していることの外にあるから、見ていて「なんだこいつ?」と思うわけだ。
相手にとってはごくごく真剣なのに、こちらにとってはおふざけをする怪しい輩に過ぎない。そういったことも、結果論でしか語れないから正体がつかめないまま終わることも多いかもね。
君も、どこかで出会ったことがあるんじゃないかな? 普段ならば、ありえないようなものたちの挙動に。
僕は弟から聞いたケースなんだけどね。耳に入れてみないかい?
長く続いた雨があがった直後のこと。
友達と外遊びの約束をしていた弟は、待ってましたと家の外へ出たときに、それを見たのだそうだ。
地面がいまだ顔をのぞかせる、未舗装の月極駐車場。その地面にはなみなみと水たまりが残されていた。
それだけなら、まだおかしくはなかったのだけど、そこから浮かび上がってきたのが小鳥の頭だったから、さすがの弟も驚いたらしい。
グロッキーな意味合いじゃない。
頭に続いて、羽根も胴体も、尾っぽに至るまでもが完全に姿をあらわした。
びしょ濡れの、雀によく似た姿をしていたが、その格好は濃い茶色に染め上げられている。
ぱたぱたと、身体をゆすりながら泥を落とす仕草を見せるも、その茶色は完全に落ちきることはなく。やがて弟のほうを見やることなく、羽ばたいていってしまったのだそうだ。
鳥が水の中、しかもその底の土の中へ潜り込んでいた。そのようなことは、はじめて見たし、弟としても信じがたいことだった。
餌を取りに頭を突っ込んだ、程度であれば考えられなくもない。しかし、これは明らかに全身を沈めている。
鳥に入浴の習慣なぞ、あるのだろうか。
友達との外遊びが終わった数時間後にも、同じ場所で同じように鳥が出てきたものだから、さすがに放ってはおけない。
近くに転がった木の枝を取り、弟はその水たまりをほじくってみたらしい。
じゃぶじゃぶと立つ水音もかまわず、やわらかくなっている泥のそこをかきまぜながら、ときおりツンツンとつついていく。
そのひとつきが、よそよりもほんのわずかに深く刺さったかと思うと、にわかに水たまりにあぶくが立ち、一羽の小鳥が姿をのぞかせた。
行く前と、帰ってきたときに見たものと同じ、茶色をすっかり身にまとった小鳥が水たまりの中から、浮かび上がってくる。頭に突き立とうとしていた枝を、押しのける勢いで。
あ、と弟が驚いて枝を離した拍子に、小鳥は飛び立ってしまう。
先の二羽が見せたような、身体を震わせることなしでの離陸。その身体からは泥と水のしぶきがところどころに飛び散っていった。そして、これもまた先の二羽と同じように西の空へ飛んでいったのだとか。
この話、私も両親と食卓で聞きはしたけれど、やはり信じられなかった。
弟は熱心に語っていたし、まあそうなんだろと頭ごなしの否定はしなかったけれど、やはり自分の目で見ないことにはね。
弟としては、やはりそのあたりがちょっと腹に据えかねていたみたいで。もし、明日も水たまりから小鳥が姿を見せるようなことがあれば、それをきっちりとらえて私たちに見せてやろうと意気込んでいたようだ。
結論からいうと、弟は見ることはできたのだけど……私たちに見せる暇は与えられなかったんだ。
翌日は、またも空が雨気に満ちていて暗かった。
目覚めた弟は、今日も例の場所を見ようと、まずは部屋のカーテンを開ける。
家から出て、すぐそばの月極駐車場。道路に面した弟の部屋からも、こうして見下ろすことができる。
大あくびをひとつしながら、昨日見た水たまりへなんとなく目を向けていると。
急に、水柱が立った。
大きくはなく、小石を投げ込んだときに立つような低いものだ。けれど、なにが飛び込んだのかを、弟は満足に見ることができていない。
そうしているうちに、またひとつ。もうひとつ。
今度は注視していたから、かろうじてそれが何かわかった。
小鳥だ。
昨日、水の中から浮き上がってきた三羽と同種のものと思しき鳥が、いまだ残っている水たまりの中へ飛び込んでいったんだ。
彼らは潜ったまま、しばらく出てこずにいたが、昨日のようにつつけば出てくるに違いない。
――そら見ろ、いったじゃないか!
自分のいっていたことが、正しいことだと証明される。
個人差はあれ、嬉しさを感じる瞬間に違いない。
このときに、まだ眠っているだろう私たちを起こそうとしたらしいのだけど……空にとどろく雷の音に、思わず腰を抜かしかけたそうだ。
弟は雷が大の苦手で、大人になった今でも身震いと鳥肌が止まらなくなってしまうほど。このときも耳を塞ぎ、その場でしゃがみ込んでしまったようだ。
それでも、窓の外は展開を続ける。
先ほどの小鳥たちと同じ鳥が、何羽も何羽も水たまりに突っ込み、やがて顔を出したものたちは、身体を震わせて飛んでいく。昨日見た通りのように。
それが二十羽近くに及ぼうというとき。
空の雷がおおいに光ったかと思うと、あの水たまりを直撃した。少なくとも弟にはそう見えたらしい。
すでに潜った水から上がってきた鳥たちは、そのすさまじいエネルギーを受けた現場にいたにもかかわらず、ぴんぴんとしていた。対する、水へ入り損ねたものたちはほとんど炭になってしまったようで、黒い影を周囲の地面へ残すばかりだったという。
そして水たまりも、かの雷を受けたせいか跡形もなく水がなくなってしまっていたのだとか。
彼らの水と泥をかぶる仕草。
それはあの雷らしきものから、身を守るために必要だったんじゃないだろうか。