1.ワタシと孫と謎の人物と(初め篇:1)
「ばあちゃんの、馬鹿! 馬鹿!! 何で勝手なことしたんだよ!」
机と椅子、本の無い本棚にベッド。そんなものしかない殺風景な部屋の持ち主であり、そこで今泣き叫び座り込んでいる清志。彼はそんな部屋には不釣合いな健全たる男子高生だ。
「キヨくん。ばあちゃん、あんたのためを思って……」
しょんぼりとした顔で小さい身体をさらに縮めた、すっかり腰が曲がってしまっている老婆。彼女は清志の祖母である初枝で、ちなみに今年が喜寿だ。結構なご高齢である。
「ばあちゃんなんて大嫌いだ! どっかに行っちまえ!!」
清志の酷い剣幕に初枝は思わず身じろぐ、可愛いわが孫にこの様な酷いことを言われたことがないから……。皺くちゃの顔に新たな皺を作り悲痛な表情を受かベる。跪いて床を何度も何度も叩き泣き続ける清志の背に、申し訳なさにも似た悲しげな視線を送り、部屋を後にした。
初枝は重たい足取りでゴミ捨て場へ向かう。考えてみれば浅はかな行動であったと感じたからだ。自分のその時の感情で"あのようなこと"をしてしまい、傷つけてしまった。謝ろうと。
事の発端は、清志が学校へ行っている間に掃除しようとした時、いつものように部屋へ入りふと目に入った机に置かれたもの。遠目であるも漫画の絵が描かれていたのが分かり、勉強の教科書ではないことは直ぐに確認できたので、取りあえず本棚に戻しておいてあげようと思って、手に取ったがそれが悪かった。
「な……破廉恥な! 何故このような、なものが……」
初枝の手から滑り落ち、床とぶつかり小さな音を立てたそれは本ではなくゲームソフト。
題名は『生涯M奴隷宣言~「雌犬」の刺青はお嬢様との絆~』書かれていることの意味については、正直なところ初枝にはよく分かっていなかったが、局部を惜しげもなく晒し意地悪な笑みを浮かべた女性の絵。それだけで、それが孫の部屋にあったこと自体が、このまま心臓が止まってしまうのではないかというほどの衝撃と、深い悲しみを初枝にもたらすには充分であった。
小さな頃からおばちゃんっ子で、真面目で優しい清志。長すぎず短すぎない、染められたことの無い柔らかく綺麗な黒髪、しっかりと形の残っている眉に、輝く強い意志を持っている瞳。色白い肌に……そして背が高くスタイル抜群。「美人さんですねえ」と近所仲間に人気の自慢の孫。
これは初枝が孫馬鹿な為の主観なので、実際の清志は当たり障りのない顔、とりあえず学校の規則を破らず黒髪で、夜更かしばかりしてるからか少し青白く、成長期なので初枝より高くなった背。
ただ優しく真面目なのは誰もが清志と関わり持つ感想なので、ご近所さんも同様のフィルターがかかっている。ご老人キラーではあるかもしれない。
そんなことを走馬灯を見るように振り返り小一時間。初枝のリアカーには大量のゲームソフトと漫画とフィギア。全てをゴミ捨て場へ運んでいた。
今はゴミ捨て場への道のりを、空っぽのリアカーを引きながら歩いている。清志はもう十八歳、いつまでも初枝の可愛い孫のままではないのだ。
何も考えず"全部"捨てたのは悪かったと初枝は思っていたが、かといって、もう大人になるとはいえ学生のうちは、成人向けに慣れ親しんでほしくないという気持ちは、勝手に捨てたことへの負い目を感じつつも譲れなかった。なので"健全"だと思われるものは持って帰ろうと……。
もう少しで着くという時。前方で小さく見えなくなっていく車の存在と同時に、微かに聞こえるメロディー……初枝はリアカーをその場に置き去りにし走る。
「待って、待って……待ってくださ……」
曲がった腰で転ばぬよう走るなど無理であり、数十歩で疲れきって息を切らしてしまったので、もう少しで見えなくなる車を見送るしかなかった。
――ゴミ収集車。初枝を嘲笑うかのような、そのメロディーもついに途絶える。
"……もう行ってしまったものは仕方がない、もう少しで年金が入る"
代わりのものを買ってあげようと思い立ち、どちらにしろ初枝自身は捨てたかったものなので、すぐに気持ちを切り替えて元来た道に着こうと振り返った。
「あー、また一人犯罪者が誕生しちゃったぜ……」
初枝の目の前へいきなり、ハードボイルド系を目指しているような、サングラスにくわえタバコ、長く伸ばしたブラウンイエローの髪、黒い革ジャンにジーンズを着用した人物が現れたが、残念なことに太ましいその身体つきでは全てが台無しであり、初枝も驚きの前に笑い出してしまった。
「ちっ……ばあさん、ショックのあまり狂ったか……」
その人物は哀れみの表情を初枝へ向ける。自分を笑われているとは思いたくなかったから……。
その人物は何かを初枝に言をうとしていたが、それから十数分も笑われ続けていた。
「ごめんなさいねえ、笑いすぎてしまったねえ」
意外とガラスのハートだった人物は心が折れてしまっていて、目に涙を浮かべているも零れないように必死で堪えていた。
「それで……何か用かいな?」
初枝がティッシュを取り出すと取り上げた人物は、鼻を大きな音をたててかみ、気持ちを落ち着けてから口を開いた。
「あーそれ? ばあさんの孫が将来犯罪者になるってだけの話さ」
ざまあみろと言いたげに人物が横目で初枝を見ると、まるで般若のような形相で睨みつけられたので「ヒィィ……」などと情けない声を漏らすが、気丈に振舞うよう努める。
「……ふうーん信じられないようだな。まあこれを見れば信じざるおえないだろうけれど」
人物が革ジャンのポケットから銃を取り出した。流石に初枝もその様子に血の気が引くのを感じたが。
銃は空へ向けられ放たれる。弾ける様な大きな音が辺りに響いたが音だけで、弾が放たれることはなかった。いわいる運動会などのスタートで使われる物のようだ。
だが煙は凄く「決まったと……」悦に浸る人物も、初枝もそれに覆い尽くされてしまうのであった。