呪われたお姫様を守るためにタワーディフェンスを極め過ぎた男
むかしむかしあるところに、幸せの力を持つお姫様がいました。
幸せの姫が訪れた場所は、どれだけ厄災で枯れた土地であってもすぐに小鳥たちがさえずる美しい森やお花畑へと魔法のように変化します。そんな不思議な力を持つ幸せの姫は、その満開の笑顔で国の人々にとても慕われていました。
しかしある日、幸せの姫の力を恐れた魔王が彼女に呪いをかけてしまいます。
それはなんと、姫を中心に大量の魔物が召喚されるというとても恐ろしい呪いでした。
「ひゃああああああああっ!?」
城の中に入り込んだ醜き魔物達が、石壁に囲まれた廊下で姫を追いかけ回していた。
「姫、こちらです!」
私は姫の元へと駆け寄ろうとするが、散々走り回って疲れたからか姫はバランスを崩してつまづいてしまい、赤いカーペットが敷かれた廊下に転びそうになってしまう。
「姫ぇ!」
咄嗟に体が動いた私はなんとか姫の華奢な体を支えた。しかし姫を追いかけていた魔物達はもう目の前まで迫ってきている──
「よし、今だぁ!」
石造りの廊下に敷かれた赤いカーペット。そこにわかりづらく印された✕の目印。
私は姫の体を支えながら勢いよくその場所を踏んだ。
「ギャギャ?」
ガラガラガラ、とどこからか歯車や滑車が作動する音が聞こえてきた。すると地面が震えるような轟音と共に、魔物達の頭上にあった天井──私が事前に仕掛けていた吊り天井が作動した。
「ギャアアアアアア!?」
大してレベルの高くないひ弱な魔物達には十分過ぎる威力で、重い吊り天井に一気に押し潰され魔物達の緑色の血が大きな池を作っていた。
「姫、ご無事ですか?」
私は姫の両肩を掴んで、ぜぇはぁと息を切らす姫に聞いた。すると姫は突然私の胸をドンッと突いて押し倒すと──そのまま私の体へ倒れてきて、私の胸に顔を埋めてきた。
「うええええええええええん! こわかったよおおおおおおおお!」
姫はまるで子どものように大粒の涙を流してワンワンと泣き始めた。
「ご、ご無事で良かったです……」
私視点だと黄金のように輝く姫の金色の髪しか見えないが……姫のその胸部の豊満なものが力強く押し当てられていて落ち着かない。私と同い年ぐらいなのに、随分と立派なものをお持ちで……。
「ひぃっぐぅ、うぇぅっ、うええええん……」
そして姫は一度泣き出すと中々泣き止んでくれないのだ。確かに今までに何度もあることとはいえ、やはりあんな醜い魔物達に追われるのは恐怖でしかないだろう。
私は姫の頭を優しくポンポンと叩いてやりながら、自分の体に押し当てられた姫の柔らかい体に無心で戦っていた。
「まぁ、今日の夕食はお魚さんですのね」
魔物達との戦いを終えた後、城の中央部にある食堂で私は姫と食事を摂っていた。長机には何十人分もの椅子が並んでいるが、私と姫は一番隅で魚のソテーとスープを並べている。
二人で使うには広すぎる空間だ。
「姫、お願いですから一人で勝手にお出かけにならないよういつも言っているではないですか」
せっかくの食事が不味くなってしまうことも承知の上で、私は姫に諫言する。
すると上機嫌だった姫は途端に落ち込んでしまい、スープを口にすると悲しげな表情で口を開く。
「……ごめんなさい。今日は外がよく晴れていたから、久々に城下を眺めたくなったんです」
……ぐぐっ。
そんな悲しそうな顔をされるとすごい罪悪感に襲われる。つい姫を甘やかしたくなる衝動を抑えて、私はなおも姫に言う。
「お気持ちはわかります。しかし今もどこから魔物がやってくるかわかりません。せめて私に一声申してくだされば私もお供しますので」
「……でも全然許してくれないではないですか」
「そ、それはそうですがね……」
くそっ、今の姫を諌められるのは私しかいないのに、ついつい姫を甘やかしそうになってしまう!
ダメだ。心を鬼にしなければ姫をお守りすることは出来ないのだ。
「今日は、小鳥さんのさえずりも聞こえてきそうだったのに……」
物憂げにそう呟きながら、姫は夕食を黙々と食べ始めていた。
「あの、背中を洗ってはくれませんか?」
温泉が湧き出る大浴場で、姫は私に向かってタオルを差し出してきた、と思う。
「あの、姫様」
「どうしたかしましたか?」
「ご覧の通り、私は今目を布で覆っていて前が見えませぬ」
「外せばいいんじゃない?」
いや、そういうわけにもいかないのです。姫のお美しいお体をこの目で直に見てしまうと昇天してしまいそうで恐ろしいのです。
「じゃあはい、私が貴方の目の前にいますので、そのまま前に手をやってゴシゴシと洗ってくださいませ」
「こ、こうですか?」
「ひゃあっ!? そ、そこはダメですっ!」
私は今、一体どこに触れてしまったんだ!?
戸惑いながらも無事に姫は体を洗い終え、巨大な浴槽へと浸かる。私も護衛として姫と一緒に浴槽へと浸かった。相変わらず目を布で覆っているため、姫の手を借りなければ動かない。
いや、そもそも護衛とはいえ姫と一緒に入浴する意味はあるのか? しかしこれは姫の命令なのだ、私に逆らう権利なんてない。
「いつもありがとうございます。貴方のおかげで、今日も平和に過ごせました」
あれだけ魔物達に追われていながらそんな感想を述べられるとは、姫も強くなりましたなぁ。
「明日も……安心して過ごせると良いですね」
姫が魔王の呪いにかけられてから早一年。かつて数十万もの市民が住んでいた王都は魔物の軍勢によってすっかり荒廃してしまっていた。
どれだけ王国軍の精鋭が魔物達を打ち倒しても、姫にかけられた呪いによって絶え間なく襲来し、王国軍が全滅すると残り僅かな護衛と共に姫達は巨大な城に立て籠もった。
しかし無限に湧いて出てくる魔物達によって、とうとう身を挺して姫をお守りした国王も死んでしまい、とうとう姫が一人になってしまった時──仕掛けられていた罠に魔物達がまんまとかかり、一網打尽となった。
その罠を仕掛け見事姫を守り、今も側で姫を守り抜いているのが私というわけだ。
「今日も城の見回りですか?」
入浴後、姫を寝室まで送りその黄金の髪を櫛ですいていると、姫が私に問うてきた。
「はい。やはりいつ何時、どのような魔物が現れるかわかりませんからね」
「お体は大丈夫ですか? ちゃんと寝られていますか?」
「えぇ、問題ありません」
姫の呪いによって召喚される魔物は姫のすぐ側に出てくるわけではなく、丁度この王都の城壁の外に湧いて出てくる。そこから姫を狙って王都へと攻め入ってくるわけだが、私がこの巨大な城に構築した完璧な罠によって姫に危害が加わることは早々ないのだ。
……ないはずなのだが、たまに姫は私に黙って城の中を出歩いてしまうため、今日のように魔物に追いかけられていることもある。
「しかし……私はとても心配なのです。最近、貴方に疲れが見えるので……あ、そうだ」
髪の手入れが終わると姫は私の方をクルンッと向いて笑顔で口を開いた。
「今日は私と一緒に寝ましょう。これは私の命令です♪」
成程。そう来ましたか。私が姫の命令に逆らえない立場にあることを利用しましたねこのお方は。
「……姫。それはこのお部屋でという意味ですか?」
「はい、そうです。一緒のベッドで並んで寝ましょう」
「はい!? いえいえ、そんなの恐れ多いです! 私は床に寝転がりますので!」
「姫の命令に背くのですか?」
「ぐぐ……」
姫がお望みとあらば仕方ない、か……いや、姫と一緒に過ごしてきてかれこれ一年が経ちそうだが、こんなことは初めてだった。
私も寝巻きに着替えさせられ、そして姫と同じベッドで横になる。うわぁすごい、姫のベッドってこんなにふかふかで良い匂いがするのか。
何故か私は姫に手をギュッと掴まれ、私の隣で姫はとても機嫌が良さそうに笑っていた。
「初めてですね、こういうの。とてもドキドキしませんか?」
「かつての姫の部下達に見つかればどうなることでしょうか」
「大丈夫です、私の命令ですので」
姫ったらすごい職権乱用してる。まぁ、これぐらいなら大丈夫……果たして本当に大丈夫だろうか。
持ってくれよ、私の理性……!
「スゥ、スゥ……」
意外にも姫はすぐに寝息を立てていた。いつもは中々寝付けないらしいが、今日は何か良いことでもあったのだろうか。
出来れば寝ているはずなのにとても力強く握っている私の手を離してもらいたいが。
「……姫? 姫?」
何度か姫に呼びかけたが、全然起きる気配はない。それを確認すると、私はそっと自分の手を握る姫の手を解く。
「申し訳ありません、姫……私には見回りという大事な仕事があるので」
心休まる時なんてやって来ないのだ。私は姫が目覚めないよう静かにベッドから出て寝巻きから普段着に着替え、そして城の見回りへと向かった。
「さて、と……うん、特に錆びてはいないな」
私は手に燭台を持ちながら、この巨大な城に仕掛けられた大量の罠を周って点検していた。
「いかん、鎖が破断してしまいそうだ。新しいのに取り替えなければ」
この城は一周するだけで半日はかかるぐらい巨大だが、私はその殆どの区画に魔物に対する罠を仕掛けている。最早要塞と呼んでも差し支えない頑強さだ。
「油が少し切れてきたか。また魔物から搾り取らないとなぁ……気持ち悪いからあまりやりたくないのだが」
この城に仕掛けられた罠の構造はシンプルだ。先程姫を守った吊り天井に、床や壁から無数の槍が飛び出たり、油が撒かれた密室におびき寄せて火を放つことで燃やしたり、はたまた落とし穴で水槽に落として溺れさせたりと、魔法や特殊なスキルを使わない仕掛けだ。その全てが床や壁に置かれたボタンやレバーで作動するようになっている。
「うん、ボタンの感度も良好だな……っと?」
何の動物の気配も感じられない静寂な夜の城内に、微かに魔物の煩わしい鳴き声が響いた。また姫を狙う魔物の軍勢が現れたかと思い、確認するために鳴き声が聞こえてきた区画へと向かった。
この城の東側に立つ月の塔は、様々な城の中で一番高い建物だ。下層は大量の蔵書がある図書館で、上層には天文台が置かれている。その塔からは城下の街並みと遠方にそびえる立派な山々、そして美しい夜空を望むことが出来るのだが、目立つ分魔物にも狙われやすいため近づきにくい場所だ。
「グオオオオオオッ!」
月の塔の上層へ向かう階段を登っていると、上からゴブリンの群れがやって来た。鉄の剣や盾を装備しており、私も携えていた剣を抜いた。
「ギャオオオ!」
ゴブリンは大きく振りかぶって私に向かって襲いかかるが、私はなんとかその攻撃を受け流して躱した。
「ふんっ、下衆が……!」
私は護身のため剣を携えているが、剣は全くと言っていいほど扱えない。だって私は兵士ではないからだ。
私はゴブリンを警戒し剣を構えながら少しずつ階段を後ろ向きに降りた。そしてチラチラと塔の石レンガの壁を見る。
もうすぐだ……もうすぐだ……。
「ギィエアアアアアア!」
「今だ!」
何もないただの石レンガの壁に、明らかに真新しい石レンガが一つ見える。私がそれを力強く押すと──ゴブリン達の足元の階段から剣山のように大量の槍が飛び出てきた。
「アアアアアアアアアア!?」
串刺し、完了。もう一度ただの壁に見せかけたボタンを押すと槍は引っ込み、ゴブリン達の醜い亡骸が転がっていた。
「ふぅ、あまりレベルは高くないが今日は数が多いなぁ」
しかしこのゴブリン達は中々いい装備を持っているな。何かに利用できそうだ。
そんなことを考えていると、さらに上層からまだ魔物達の声が響いてきていた。本来なら何かしらの罠が自動的に作動しているはずなのだが、と私は不思議に思ってさらに上へと登った。
かつて天文学者達が集っていた天文台のフロアまで登ってくると、より魔物達の鳴き声が鮮明に聞こえてきた。
わざわざこんなところに登って何をしているのかと思っていると、明らかに魔物のものではない声が聞こえてきた。
「い、いやぁ! た、助けて……!」
ひ、姫の声がするだと!?
「姫、そこにおられるのですか!?」
慌てて天文台の中に入ると、窓際に置かれた望遠鏡の側で姫はゴブリン達に囲まれていて、今にも襲われてしまいそうだった。
「そこをどけ、ゴブリン共め!」
私が剣をブンブンと振り回しながら突入するとゴブリン達も一瞬怯んだのか道を開けてくれた。私は慌てて姫の元へと駆けよりその体を抱きしめると、側に置かれていた望遠鏡の向きをクイッと変えた。
それが、この天文台に仕掛けられた罠なのだ。
轟音と共に天文台の壁が開くと、反対側の壁際に並んでいた本棚が一斉に動き出し、一気にゴブリン達を外へと押し出す。
「ギャアアアアアアアアッ!?」
単純にただただ魔物達を外に押し出すだけの罠。まぁこの高さから落ちてはゴブリンも無事ではないだろう。下の建物の屋根は剣山みたいになってるし。
望遠鏡の向きを戻すと、再び轟音が響いて天文台が元の形へと戻った。そして私は、姫の手を掴んで言う。
「姫、どうしてこんなところにお一人でいらしたのですか!? あともう少しのところで、姫は──」
私はつい姫を激しく叱責しそうになったが、姫の目から涙が月明かりに照らされて輝くのが見え思い留まった。
すると姫は肩を震わせながら言う。
「目覚めると貴方がいなくなっていて、不安になって夜空の星々を眺めようと思ったんです。今日はとても美しい星空が見えると思ったので……勝手にフラフラと歩いて、ごめんなさい……」
私に子どものようにわがままを言う時の姫じゃない。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
姫は私を力強く抱きしめると、私の胸の中で泣き始める。
そう、この城、いやこの王都には姫と私しかいないのだ。常に魔物の襲撃に晒されている一人の少女をないがしろにする私に責任がある。
「……申し訳ありません、姫。私も少し言い過ぎました」
私は姫の背中を擦る。すると姫は少し落ち着いたのか、私を抱きしめる力を弱めて言った。
「いえ、貴方が私のことを思ってくれているのは承知しています」
そして姫は顔を上げ──真っ赤に泣き腫らした顔を見せ、私に言う。
「でも、でも……ほんの少しでも良いですから、私のお側にいてください」
「……はい。姫のご命令とあらば」
ただでさえ死の危険が伴う毎日を送っているのに、私が余計に姫を不安にさせてはいけない。
俺は少しでも姫の不安を取り除くために、その華奢な体をギュッと力強く抱きしめた。
「今日の夜空は、とても美しいですね」
姫のご要望に答えて、今日の夜はこの天文台で二人で過ごすことに決めた。
姫にかけられた呪いによって召喚される魔物の中には翼を持ち飛行するものもいるので、普段は姫をこうして窓際には近づけずに生活させている。
しかし、たまにはこういうのも良い息抜きになるだろう。
「あれからもう、一年が経とうとしているのですね。
今もこうしてこの星空を、貴方と一緒に眺めることが出来て私はとても幸せです」
姫は屈託のない笑顔で私の方を見る。
「うぇぐっ、ありがたきお言葉です姫、うぅぅっ」
「ど、どうして泣いているのですか!?」
「姫のお言葉が嬉しすぎてですね……えうぅ」
何かと涙もろい私は、直接言葉をかけられずとも幸せそうな姫を見ているだけで泣けてきてしまう
すると姫はニコニコと微笑みながら私の頭に手をやって、優しく擦る。
「よしよし。今度は私が貴方を慰める番ですね」
「ありがとうございます、姫……」
私だってまだ子どもなのだ。普段は姫の前では強がってみせるが、この終わりの見えない戦いを恐怖に感じることもある。
それでも、私は姫を守り抜くと決めたのだ。
「いつも私のためにありがとうございます。貴方も心細いでしょうに……どうしてそこまでして、私を守ってくださるのですか?」
夜空を見上げていた姫が私の方を見て言う。月明かりに照らされた姫は、なんと神々しいことか。
「……私は姫がその不思議な力で多くの森やお花畑を再生させ、多くの人々に笑顔を振りまいていたことを存じています。そんな貴方が、孤独に一生を終えることが許せないのです」
多くの人々を幸せにさせてきた姫が、呪いにより魔物に襲われ孤独に一生を終えることなんて許せない。
……そう答えれば聞こえは良いものの、やはり姫がとても可愛いというのも理由の一つではある。
しかし姫は少し悲しげな表情をして口を開く。
「私が、この王都に住む罪なき人々や国王の命までも奪ってしまったのに、ですか?」
そう。姫の呪いにより召喚された魔物達によって王都はすっかり荒廃してしまい、数十万もの市民や兵士、そして国王陛下を含めた姫のご家族まで犠牲になってしまった。
しかし、私は即座にそれを否定する。
「いえ、姫は全く悪くありません。悪いのは姫の幸せの力を僻み、呪いをかけた魔王です」
はるか遠方に城を構えて多くの魔物達を従えるという魔王。度々魔王の配下の軍勢が押し寄せることもあるが、この城に仕掛けられた罠で撃退している。いつかは魔王が直々に来ることも覚悟しなければならないか。
「私は、姫の呪いは必ず解けると信じています。来るべきその日まで、必ずや姫を守り抜いてみせましょう」
実際のところ、姫の呪いを解く方法は見つかっていない。それこそ呪いをかけた魔王本人を倒すことぐらいか。
だから私は、魔王をも撃破する罠を仕掛けなければならないのだ。
「とても心強いお言葉です」
姫は私に無邪気な笑顔を向ける。私は姫が笑っているだけで幸せです。
「貴方のような誇り高き騎士が側にいてくれるだけで、こんな呪いを抱えても生きる希望を見出せます」
すると姫は私の肩に頭を乗せて、その身を委ねてきた。
「貴方となら、一生を添い遂げても……」
なんか凄い言葉が聞こえてきた。
「ひ、姫……?」
私が姫の方を見ると、姫は私の肩を枕にしてスゥスゥと寝息を立てていた。
なんと可愛らしい寝顔だろうか。
……しかし申し訳ありません、姫。
私は姫に隠していることがございます。姫は私のことを騎士のようだとおっしゃいますし、おそらく私のことをこの城に使えていた家来だと思われているのでしょう。
実は違うんです、姫。私はこの城に隠されていると噂されていた王家の秘宝を狙ってたまたま城に忍び込んでいた盗人です。
この城の構造にやけに詳しいのは、下調べのために設計図を入手して念入りに調査したからです。あの日、魔物に襲われる寸前だった姫を助けた罠を仕掛けたのは、本来は城の警備兵を倒すためだったんです。本当は俺って言ってたのにいつの間にか執事っぽく私って言うようにもなりました。
でも違うんです。私は決して己の欲望で動いていたわけではなくて、謎の病が蔓延していた私の故郷の村を救うために、奇跡の力を授けてくれるという秘宝を盗もうとしただけなんです。
しかし、そんなことを姫に言えるわけがない。今まで自分を守ってくれていた騎士のような存在が、実は王家の秘宝を狙っていただけの盗賊だなんて知ったら姫はどうなってしまうだろうか。
私は早く秘宝を見つけて故郷の村へ戻りたいのだが、かといって姫をここに一人残すような真似は出来ない。それに、どれだけこの城の中を探し回っても未だに秘宝は見つかっていないのだから。
「……私は信じています。いつか、姫の呪いが解けることを。
その時は私の最後のわがままを聞いてください。その時が来たら、の話ですがね」
私は星空を眺める。雲一つ無い夜空に、無数の星々が輝いていた。また魔物が来やしないかと警戒していたが、日頃の疲れからか眠気に襲われ、私はいつの間にか眠りについてしまっていた──。
「──私は知っていますよ、貴方が秘宝を狙う盗賊だということを」
「貴方が探し求めている秘宝というのは、私が操る幸せの力、もとい私の心そのものです」
「もしかしたら、もうとっくに貴方に奪われてしまってるかもしれないですね、ふふ──」
完。