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第9話 「天使と兵士」③

 街のあちこちから、歓声、悲鳴が聞こえてきた。


 だが銃声はなかなか聞こえてこない。天使様が街の各所に向かっているのだと思われるのだが、戦闘音などは聞こえてこなかった。


 窓から顔を出して辺りを見るが敵の兵士の姿はどこにもなかった。胴体や首が両断された死体が道の端に転がっている。


 さきほどまでの天使様の戦闘を思い出す。いきなり目の前に現れ、いきなり目の前から消え、ヘリコプターを両断したあの技と膂力を思い出していた。


 あの踏み込み、あの跳躍、あの軍刀の振り。速すぎるのだ、誰の視界にも捉えられないほどに。


 認知することすら許されず、ただ無惨に切られていく兵士達の姿が眼に浮かぶ。


 それは戦闘ではなく、一方的な虐殺だ。


 天使さま。その本領を深く考えている時だった。

 ゴトリと後ろから物音が聞こえてきた。


 何かが落ちてきたような音だった。すぐに後ろを振り向くと。


「お邪魔するよ」

 隣の部屋からやってきたのは、メフィウスと語った演説者だった。


 先ほど天使さまにプロペラを投げつけられていた男がそこに立っている。どうやら隣の建物から移動してきたようだった。


「先ほどの狙撃、感動したよ。私じゃなかったら即死してる」


 頬を擦りながら男は言った。先ほど銃弾を撃ち込まれたのに、かすり傷一つ付いていない。

 俺は男を睨みつけた。部下の仇でもあり、天使様の敵でもある。


 もし武器があったらすぐさま使用しているところだ。


「そう睨まないでくれ。あと少しの余命なんだ。罵詈雑言なら受けるが、人らしく会話をしよう」


 睨むのは止めない。少なくとも俺はコイツを許せなかった。


 「なぜここに来た?」


 俺は目の前にいる敵に質問をする。


「あぁ、ここならあの悪魔がどこからくるか絞れるからね。屋外で勝負を挑むより勝機はあるかと思ったんだ」


「そんなことは聞いてない。どうしてこの街にやってきた。どうしてこんなことをした?」


 男の態度には怒りを覚えた。敵の部下を殺し、自分の部下を殺してもコイツからは罪悪感というものが見えなかったからだ。


「どうしてこんなことを?・・・か。先ほども言った通り、我々の目的は人民の解放さ。この街は規模も資本も魅力的でね。拠点としておくのにほっとけんかったんだ」


「愚かだな。ほんとうに天使様に敵うと思ったのか?」


 鼻で笑う俺に、男は目を逸らした。


 ここで初めて、男から悲壮感が滲み出すのを感じた。


 「うん、そうだね。私は愚かだよ。味方を集めて、武器を揃えて、人を傷つけて。結果はこれだ。同志達は死に。あの悪魔の威光をさらに強めただけだ。私は愚かな将だよ」


 男は壁にもたれかかった。疲労や怒りが、目に見えた。


 「でも、勝てるとか勝てないとかじゃない。そうじゃないんだよ」


 男は俺の目を見た。その瞳はあまりにも真っ直ぐだった。


「この平和は長くは続かない。いつかはあの悪魔達に私達は滅ぼされることになるんだ。勝機を見つけることは大事だけど。行動することにも意味はあるんだよ」


 男はそう語った。まるで多くの観衆の前で演説をするように、壮大な回答を述べる。


 「あの方達を悪魔と語るのはやめろ。あの戦争を、あの地獄を終わらせたのはあの人たちなんだぞ。俺たち人間がこんな争い事を起こしてどうすんだ⁈」


 男は黙って俺の顔を見る。ひどく冷たい目線を向けて俺の話を聞いていた。


 「じゃああの大戦が、君たちの言う『天使』によって始まった、と言ったらどうする?」


 一つの問いを持ちかけられる。そんなもの一笑に付すべき愚問だった。


 「どうもしない。お前達の根拠のない意見にうんざりなんだよ。お前らいつも天使様をこき下ろそうと必死だ。証拠もないただの憶測であの方達を蔑むのはやめろ」


「たとえ、鋼質有機体がアイツらに作られたとしてもかい?」


 それも愚問だった。

「あぁ、そうだ。俺たちは何もしない」


 まっすぐとした視線を受け。男は驚いたように目を見開いた。

 根拠もなければ証拠もない、ただの嘘話だとは思う。


 しかし不可能だとは思わなかった。


 天使様は人類の上位生命すらも作り出す。そう言われても別に不思議ではない。


 だが・・・。

「だから何だって言うんだ?鋼質有機体は天使様によって作られただって?たとえそれが本当だったとしても。俺たち市民が操られていたとしてもだ。今が平和であることも、天使様が平和を作り出したことも変わりがないだろ」


 俺は男の目を見て答えた。男が俺を真っ直ぐと見据えるように、俺も真っ直ぐと男の瞳を見つめる。


「うまい飯が食える。明日を心配せず寝むれる。飢えも悲しみもない。今が幸せなことに嘘はないんだ、俺たちが戦争を始める理由にはならねぇよ」


 そう言い切るのを見て、男は俯いた。少し何かを考えるように黙ると。


「君は強いんだな」そう言った。男の顔に疲労感や悲しみが伺えた。


「でも強くない人もいる。アイツらに傷つけられた人もいる。人以上の強さを持つ存在に統治される、そのことに恐怖する人もいるんだ。アイツらは余りに強力だ、いつ私達の生活基盤をひっくり返されるか分かったもんじゃない。だから・・・僕は人だから、人として、人の未来のために戦わなくちゃいけないんだ」


 そう言い切ると、男は後ろを振り向いた。

 急な男の動作と合わせて、俺は男の後ろに目線を向けた。


 後ろの扉の手前、そこに天使様がいた。当たり前のように、音も気配も感じなかった。


 白銀の衣を身につけて、凛とした態度で立っていた。


 息切れもしていなければ、服に一切の汚れも付いていない。先ほどまで超常の戦闘を繰り広げていたというのに、天使さまからは疲労が全く見えなかった。


 寝むりから覚めたかのような静けさと柔らかさ。


 これが天使さまの日常とでも言うように、何の感慨もなく天使さまはこちらに歩みよって来た。


「お前がこの紛争の主導者か?」

 天使さまは、静かにそう質問した。


 天使様の問いに、男は「そうだとも」と断言する。


 天使さまを前にして、逸脱の存在を前にして、この男は堂々としていた。まるで、何人もの部下に支えられているように、何人もの人を守るように。男の受け答えには誇らしさを表していた。


「大人しく投降しろ」


天使さまの柔らかい言葉に。


「断る‼︎」

男はそう言い切った。目の前に立つ絶対的強者に向かい立つ。勝負などすでに見えてると言うのに。男は戦うことをやめなかった。


 男は構える。どこかの武術だろうか?腕を前へ突き出し戦闘体勢をとった。

男の腕がみるみると灰色に変わっていく。先ほど銃弾を弾いた魔術の類だろう。灰色に変色した腕はまるで岩石のような材質に変化を見せる。


 男は断固とした眼差しで天使さまを見た。


「私の名はメフィウス・アダムス。人民解放軍の一人として、お前ら悪魔に家族を殺された者として、私はお前に立ち向かう‼︎」


 そう言い、男は重心を前に傾け、一歩踏み出し・・・かけた。


 その一歩が踏み終わるより先に、男の右足と左腕が切り飛ばされていた。


 一歩も踏み込むことも出来ずに、男は戦う術を奪われる。


 天使様の刀が上下に振れ、男の硬質化した腕と足が床や天井にぶつかる。ゴトリ、と硬い音をたてて埃が舞い、男の左腕と右足から、血が飛び散った。


「・・・ぁっ!」


 男はうめき声をあげ、力なくその場にひれ伏した。


 天使様の速攻。鋼鉄を切り裂くその軍刀を前に、人の肉も、岩のような腕も大差はなかった。


 天使様の攻撃はこれで終わらない。


 天使様は空いている別の手で腰から何かを取り出し、それを男に振るった。


 振るわれたのが縄だというのも、振るったのが左手だというのも結果から分かったことだ。その動作も軍刀と同様、俺の目では追えなかった。


 振るわれた縄は蛇のような挙動を見せ男の体に巻き付いた。生き物のように縄は男の腰や足や腕に絡みつき、男は瞬時に拘束された。


 なんの変哲もない縄にがんじがらめにされ、男の動きは強制的に止められた。


「うぅ・・・」


 勝負が決まった。


 傷一つない白色の天使様が男を見下ろす。

 腕と足を切り落とされた灰色の罪人が地面に這いつくばっていた。


 いつの間にか剣は振るわれ、いつの間にか縄が男の動きを拘束していた。男の目にも、俺の目にも、結果だけが写っていた。


 天使様を前にして、この男に勝ち目など最初からなかった。どれだけ人を揃えても、どれだけ武器を揃えても、この方達は負けない、負けるはずがない。だから天の使いと呼ばれているのだ。


 無様に転がる男は、芋虫のようだった。

 腕も足も一つも動かせない中で、男は口だけを動かした。


「悪魔に鉄槌を、人民に栄光を」


 そして男は何も言わなくなった。数瞬のあと、男の口から泡が溢れた。

 体が小刻みに震えている。


「毒か・・・」

 天使様はそれ以上何もしなかった。口に仕込んだ毒を噛み潰したのだろう、男は苦悶の表情を浮かべたまま動かなくなった。


 静寂が部屋を覆う。これが街を舞台にした戦火の終幕だった。


 戦火を引き起こし、ここで潰えた男。こんな愚か者に・・・共感してしまった。志を持つ一人の人間として。

 絶対敵わないだろう相手を前に、死地へ飛び込むその姿に、先ほどの俺を投影してしまう。


 それでも妥当だと思った。市民を危険に晒し、衛兵を殺し、天使様に刃向かう人間の罰であると思った。それなのに気分は全く晴れない。


 先ほどまで憎いと思っていたのに、なぜこんなにもこの男の死体を見るのが辛いのだろうか?

 倒れる男の姿を見る。


 正義と対立するのは悪ではない。別の正義である。

 だが俺の正義はそれではない。ここにいる天使様の下にある。


「助かった」


 天使様が俺へと言葉を投げかけた。肩や臀部の痛みで、傅くことはできなかった。


「姿勢は変えなくていい。いま救助班が来る」


 天使様はつまらない物を見るように血塗れの男を見た。


「戦闘を長引かせてくれたおかげで、私が間に合った。市民に負傷者は出ていない。感謝する」


 軍刀を鞘へと戻し、天使様は私にそう告げた。

 全身が感嘆によって震えた。鳥肌さえ立った。


「もったいないお言葉です」

もっと喋りたいことがあった。信仰している対象が目の前にいるのだ。もっと何かを言ったり聞いたりしていたかった。


「あぁ・・・ではな」


 それを聞くと、天使様は背を向けて歩き出した。

 それと同時に、白い服を着た男が現れた。服に覇国官邸の紋章が入っている。


「アレガルド様。迎えが来ております」


「・・・そうか」


「それと街の者から、是非ともお礼がしたいと願われていますが」


「断っておけ。今日は大事な用がある」


「承知しました」


 その白服の男はそう天使様を見送り、無線機と呼ばれる鋼具で応援を呼んだ。


 白衣を着た救護班が数刻後に現れた。


 窓の外から、人々の歓声が聞こえてきた。

「天使さま〜」

「ありがとうございます。天使さま!」

「天の御加護を感謝致します」


 外敵が去ったことから、天使様は街道を悠々と歩いていた。人々はそれに対して感謝を伝えた。絶叫じみた歓声がずっと続いた。

天使様の道を阻む者はもういなかった。


 これにてドミニオン街での紛争は終局を見せた。一つの街を舞台にした強襲、征服、救助は一日も日を跨ぐことなく終わりを迎えた。


 鋼具という武器を手に乱心する者が大陸にはいた。危険な思想を持つ人間がいた。その脅威に脅かされる人々がいた。そして、そんな脅威を叩き潰す絶対なる強者がいた。


 天使という存在が覇国の支配者たる所以がそこにはあった。

 人から外れた存在。天の加護を一身に受ける者。その名に恥じない・・・いや、数多の伝説を超えてくる姿が太陽に照らされ輝きを放っている。



鋼具『戦闘回転翼機』三機(うち二機は街外)の破壊。

鋼具『戦闘火砲装甲車』三機の破壊。

鋼具『迫撃砲』、『榴弾砲』を持つ反社会組織の壊滅。

鋼具『拳銃』および『突撃銃』を装備する兵士二十四の討伐、捕獲。

魔導書『仙術東天経典』適応者、討伐。


この街で、この半日も経っていない時間で、一人の天使が成し遂げた戦果である。


赤色に燃える瞳。白銀に包まれた容姿。有無を言わせぬ戦闘力。


アレガルド・サンシャイン。天使の血族の長兄。


人は彼を大陸最強と呼んだ。

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