第8話 「天使と兵士」②
その場にいる全員が怯えていた。
私を抱く母の腕が小刻みに震えていた。泣き叫ぶ子供の声、怒号を鳴らす大人の声。
街の修道院に人が集まり、鋼具を構えた兵隊が私たちを囲んでいる。
先ほどまで、ただ街に買い物に出掛けていただけなのに、いつの間にかテロリストたちが侵攻し、その戦闘に巻き込まれていた。
兵隊達の人質として私達はここの修道院に集められていた。
鋼具を持つ兵隊達に怯える人、この中でも狼狽を見せる兵隊達。全員が何かに怯えていた。
私は泣かなかった。なぜなら天使様がいるのだから。
兵隊達は天使様に怯えていた。
人を何十人でも殺せる鋼具を持っていたとしても、兵隊達は怯えていた。人質を取り立てこもることでなんとか正気を保っているようにも見えた。
緊張と集中が修道院に充満していた。誰もが正気じゃいられなかった。
修道院の外には、火薬が弾ける音と人々の歓声が聞こえる。直感した、天使様がやってきたのだと。
その歓声はどんどんとこちらに近づいていた。
修道院に飾られている天使像を見た。光の輪に囲われ手を合わせる天使様の姿。
それに倣って私は手を合わせた。この修道院にいる怖い大人をやっつけてください、そう願った。
その時、修道院に風が吹き抜けた。
窓も大門は閉ざさられている。密閉された空間である修道院の中に風が吹くことはありえない。どこからか穴が空いているのか、それとも閉め忘れた戸がどこかにあるのか。
よく見ると修道院の壁に穴が空いていた。そこにあったら誰もが気付くはずの穴がいつの間にか空いていた。
次の瞬間、兵隊達は地面に突っ伏すように倒れた。
悲鳴が上がる。
兵士の体がバラバラになっていた。左右に真っ二つになった兵士もいれば。胴体だけ地面に倒れ足だけは直立不動のままの兵士。首が取れてしまった兵士。鋼具ごと腕と胸を裂かれた兵士。
そんな光景を見て、みんなから絶叫が漏れた。
「すごい」
そう思った。
「天使さまってすごいんだね、お母さん」
真っ青な顔を見せる母に、そう言った。
もう一度、天使像に向かって手を合わせた。
「ありがとうございます、天使さま」
感謝を心から溢れ出した。
怯えるみんなも、怯えていた兵士も、願う私も。誰も気付かなかった、天使様の来襲を。
兵隊達の注意を、鋼具の起動を、みんなの恐怖を。天使様は置いてけぼりにした。
私たちを取り囲む全てのテロリストを八つ裂きにしたのである。
そして私達は助かった。