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第6話 「テロと兵士」③


 相手も俺も、時間稼ぎはやめていた。敵を殺すための行動が始まる。

 窓際からの銃撃、屋上からの突撃銃による射撃はない。先ほどと変わらずボルトアクション式の銃による射撃だった。持っているとしても、それを使わない。弾倉だって無限にあるわけでは無いのだろう。だからいつ手に入るか分からない突撃銃よりも安い銃を浸かっている。相手から見れば雑魚である自分は、それで事足りる存在だった。


 「調子ぶっこきやがって・・・」


 侮ってくれれば侮ってくれるだけいい。

 窓から顔を出すことすら出来ない、二人がかりの交代制でこちらを撃ってきているのだろう。おそらく正面から外に出ることは叶わないだろう。


 壁に沿い、射線上に入らないように注意しながら裏口に向かう。

 正面、屋上、裏口。この詰所から出れる場所はこの三つ。おそらくだが、屋上も裏口も敵はすでにいるし、この建物は全て包囲されていると見ていいだろう。


 扇動役の男が数を数えていたのは、こちらに投降の余地を与える同時に、味方に敵陣を包囲する時間を作っていたと考えるのが普通だ。俺だったらそうする。これだけの武器を揃えて街の占拠を決行したんだ、戦術だけおざなりとは考えにくい。


 正面への射撃で敵の注意を引き、すでに裏口にいる兵士が中へと強襲を仕掛ける。この流れが妥当だ。

 それに合わせて、こちらも対策を立てる。敵が突撃してくるまで時間がない。


 詰所に常備してある暴徒鎮圧用の煙玉に火をつけて、正面口と裏口に投げる。目眩しでいい。単独行動でできるだけ相手を仕止めるには、自分の姿を隠す必要がある。敵にバレないことを最優先にしなければいけなかった。

 催涙性はない。煙が部屋に充満したところで、鉄が床に転がる音がした。全身が粟立つ。


 音の方向を見ると、そこには手投げ爆弾が落ちていた。

 投げ返すことも叶わず、それは無慈悲に炸裂した。部屋に爆炎が舞う。

 浅はかだった。敵は俺を殺すことに集中しているのに、自分は勝手に奇襲が相手の策だと思い込んでいた。手投げ弾の存在などすっかり忘れていた。


 平和ボケだな、と悔やみながら俺は爆風に巻き込まれた。

 室内の場発音を確認した途端、二人の兵士が裏口から入り込んできた。黒い粉塵が舞っている中で、足元や目の前に銃口を向けながら進んだ。


 遺体の確認、および死にかけの敵の排除だろうか?


 ボルトアクション式の銃を持ち、歩みを進めていく。二人組の兵士の後方に位置する男が、部屋に入り込んで数歩進んだ瞬間、後方の男は膝から崩れ落ちた。くぐもった声が漏れる。


 異変を察知した前方の兵士が後ろを確認するより先に、男の顎が割れた。横なぎに振るわれた歩兵銃の銃床部分が男の顎に直撃したのだ。

「戦争上がり舐めんな・・・」


 二人の兵士を見下ろす形で俺はこの場にいた。まだ息のある兵士の首に軍刀を刺した。

 爆発は横にあった机を盾にすることで難を逃れることができた。


 粉塵に紛れて、後方の兵士は軍刀で喉を裂き。前方にいた兵士は銃で殴り落とした。

 第二陣が来るかもしれない。それより先に、相手の装備を探った。


 全ての使い方が分かったのは幸いだった。新型鋼具は使い方を知っていないと使い物にならない物もあるので、その心配はなさそうだった。


 敵の位置は正確には分からない。だが何となくだが、予想はできた。

 裏口から人が入ってくる気配はない。次に敵が来るのは屋上だ。

 屋上の戸が開かれるのを感じた。ドンピシャだ。手に持っていた手投げ弾を上へと投げる。火縄を用いた手投げ弾だったので、火薬に火がつくタイミングが測れた。手投げ弾の投げ返しが行えないように、屋上に到達した瞬間に爆発するように、時間調整を行う。


 入ってきた兵士目掛けて投げられた爆弾は、ずれなく爆発を見せ兵士は爆風に巻き込まれ吹き飛んだ。粉塵が舞う。


 敵の衣装に身を包むことを考えたが、その時間はなさそうだった。着替え中に死ぬとか考えたくない。

 階段を駆け上がり、粉塵に紛れて屋上外へと顔を出す。屋上に第二陣の姿はなかった。周りにいないことは確認したが、外には出なかった。


 敵から奪ったボルトアクション式の歩兵銃の引き金を引いた。昔に使ったことがある中だったので使用はできるが、どういう癖を持つ銃なのか分からないので使用には注意が必要だった。遠方への射撃を行う時に、弾が大幅に逸れる可能性があり相手に弾が当たらないなんてことも考えられた。


 屋上の室内から、遠方の屋根に向かって射撃した。表尺板から的を覗き込み、狙った位置から当たった位置の誤差を見た。的までのおおよその距離、生じた誤差、角度から、この銃のズレを頭に入れた。昔に訓練したことだったが、予想以上にすんなりと行えてしまった。


 銃の癖を確認したところで、次の敵の位置を予想した。


 狙撃兵がいる可能性が高い。屋上から演説していた男のことを思い出す。こちらからしてみれば、あれほど標的になるものはない。遠方射撃は警戒しているだろうし、迎撃するための準備は持っているだろう。弩に火縄銃。新型鋼具に性能が劣っていたとしても、石を投げるだけで人は殺せる。相手も重々承知だろう。


 この街の建物の配置を思い出す。より高い位置で、より見張りに適した場所。狙撃手がいるだろうポイントを探っていく。

 いくつか候補を絞り、粉塵に紛れて外に飛び出した。


 粉塵が風に揺れたと同時に、射撃を受けた。一発。連射ではない。敵は複数いない。射撃は運良く横腹をすり抜け、腹部をカスる程度でおさまった。

 先ほどの屋上での爆発。敵側もこの詰め所を異変に感じただろう、視線が集中するのも分かる。狙撃手からの注目があったのだろう。


 俺は歩兵銃を、遠方の敵に向けた。先ほどまで絞っておいた狙撃ポイント。街全体ではなくこの詰め所が狙える位置、そして先ほどの射撃された方向。もう狙撃手の位置は捕らえることに成功していた。

 予想が的中した。遠方の建物の屋上、うつ伏せの状態でこちらに銃口を向ける兵士の姿があった。俺の歩兵銃の銃口が、狙撃手に向かって合わさる。


 「狙撃手なら、一撃で仕留めろ」


 敵が装填するよりも先に、俺の銃が火を吹いた。

 発射後、一瞬の間を置き、着弾。

 狙撃手の頭が削れるのを確認した。


 「こんな風にな」


 悪態を吐き。すぐに身を屈めて、別の建物に飛び移る。息を切らしながら、走り続けた。

 横から凄まじい銃撃をが聞こえた。狙いは俺、射撃元は先ほどまで演説を行なっていた男のそばにいた兵士からだった。突撃銃によるフルオート射撃が開始される。


 目立ち過ぎた。もう敵もこっちを舐めてこない。敵からしてみれば少量の爆薬と数人の兵士で片付けられる雑兵でしかなった俺。敵が油断してくれてたからこそここまで戦えていた。


 敵の油断というアドバンテージがない今、出来ることは少ない。囲まれ、潰されるのがオチだろうと思った。もういっそ相打ち覚悟で身を乗り出し、演説を行なっていた男に銃口を向けるのが得策なのかもしれない。


 突撃銃の射線に追われ、となりの建物の窓に飛び込んだ。窓が粉砕し、それに続くように連射される弾丸が壁を貫いていく。転げるように室内に着地し、すぐに姿勢をなおして走り続けた。動く速度は落とさない。


 肩と臀部が焼けるように熱かった。先ほど被弾してしまったようだった。幸い弾は貫通している。動きに支障はないし出血もそこまで酷くない。まだ戦えた。

 笑ってしまう。覚悟を決め、頭を回して、技術を用いたが、上手くは出来なかった。寓話の主人公とは程遠い姿だろう。


 五人。一兵の戦果としては上々だ。だから、あともう少し頑張ればいい。一人、あともう一人道連れにする。

 息を切らして、この場を駆けた。


 この場を駆ける価値が、教えにはあった。


 狙いは演説していた男。首謀者かは分からない、だがあれを仕留めれば相手の士気もだいぶ落ちるだろうと思った。


 またも建物の屋上を目指し、駆け上がった。そこに煙玉を投げる。煙幕が建物を覆った。

 しかし建物の屋上には出なかった。狙い撃たれる可能性がある。窓の外から、別の建物に手投げ弾を投げた。これで爆発物の在庫は切れた。


 隣の建物の側面が、爆発する。屋上には煙幕がかかり、隣の建物の壁が燃えた。陽動はこれで完了した。

 もう相手側はこちらに狙いを絞れない。屋上から出てくるのか、窓や建物の穴から顔を出すのか、予想が効かない。


 歩兵銃のボルトを引いた、銃弾が銃身に装填される。この建物にある窓は六つ。ここのどれかから俺が顔を出して、演説野郎を仕留める。


 俺が窓から顔を出して銃を撃つのが先か、敵の弾丸が窓から顔を出した俺に当たるのが先か。勝負は丁半に分かれた。


 息を整える。頭の雑念が取り払われていくのを感じた。

 殺す。天道教に背く人間を。今の暮らしに満足しない阿呆どもを。戦争が終わっても暴力を続ける馬鹿な人間を。

 首にかけられた天使の輪から力が流れてくるのだと錯覚した。


 勇気、勝利、救済。どこからともなく感じる力を前に、俺は外へと身を乗り出した。

 狙いは演説野郎。

 俺の姿を見た兵士が俺に銃口を向ける。


「遅い」


 敵が引き金を引くより先に、俺は引き金を引いた。

 うねる弾道が男の頭まで伸びていく。

 固いものが叩き合うような音が炸裂して、演説野郎の首が後ろに吹き飛んだ。


 命中。


 俺が発射した弾丸は演説していた男の右頬に当たり、その弾の衝撃で男の体は大きく後方に仰け反る。

 狙撃は成功した。しかし敵側の連射が窓を撫でる。俺は左腕に弾が命中し、吹き飛ばされるように室内に倒れた。

 遠くで喧騒が聞こえる。見えていないが、男に応答を呼びかける兵士の声が聞こえた。


 文句なしの上々だった。肩を負傷しながら、相手の首謀者と思わしき男の頭を撃ち抜いたのだ。左腕は使い物にならない。もう走ることも叶わない。だが、やり切った。


 天道教では、天使様の意向に従い行動すれば天国に導かれるという。

 天国。もうそれは味わってきた。よく寝て、よく食べ、平和を謳歌した。


 もう救いは必要ないように思える、天国。それはもう経験していたのだ。覇国こそが天国だった。


 その時、バリバリと空気が切り開かれる音がした。銃とは違う、空気がうねる音だ。


 俺は、その音の正体を知っていた。


 「こんなもんまで持ってんのかよ」


 外の状況は分からない、しかし何度か戦時中に見たり聞いたりしていた音だ。


 それは回転翼機と呼ばれる鋼具だった。プロペラと呼ばれる羽根を天上にさして飛ぶ機体。およそ人類には創作することが出来ない鋼具。


 鋼具には二種類存在する。新型か旧型か。


 旧型と新型の境目は、人類がその鋼具を模倣して作成することができるか?というものだ。真似して量産できたものを旧型、仕組みや構造がまだ解明出来ておらず模倣することすら出来ていないものを新型と呼ぶ。


 新旧に曖昧な点が多い鋼具の中で、この回転翼機は間違いない新型鋼具だった。


 どこからともなく現れる鋼具という代物。誰が、どうやって、どこで生成しているのか分からない鉄材の神具。

 妖刀とは違った。神からの贈り物。


 どこから入手するのかは分からない。だがこれのせいで人があまりに容易く死んでいく悪魔の品物だった。


 バリバリと音を立てる回転翼機の向こうから信じられない声がした。

 「嘆かわしいことだ‼︎これほどまでの兵士を、これほどまでの鍛錬を、無に返すということは」


 先ほど撃ち殺したはずの男が、演説を開始していたのだ。何事もなく、狙撃されたことなどなかったように。


 激痛に身を悶えさせながら、外を見た。


 「なんで?・・・嘘だろ」


 何事もなかったかのように、男は屋上で演説をしていた。先ほどまでの狙撃は幻覚だったのだろうか?

 悠々と立つ男と目が合った。男の右頬が灰色に変色している。


 「素晴らしい技術は、素晴らしい理想のために使われるのだ。私なら天使から皆を解放できる」


 何をしたのか分からない。まるで撃ち抜かれたところが一瞬のうちに回復してしまったようだった。灰色の頬がポロポロと崩れ、新しい皮膚が出来上がっていく。


 超能力。


 自分の予想は外れていた。あの武装した兵士に守られているという体をとっていたが、この男が結局一番の戦闘力を持っていたのだ。


 おそらく『魔導書』の適応者。


 そんな物の力まで、この街に集結していた。


 数冊の現存が確認されている異界の書。見たものに一定の力を授ける厄災の本。


 彼はまさしく、そのような力を持っていた。


 「敬意を持って、お相手しよう衛兵の君。私は人民解放軍第6番隊隊長メフィウス。理想のためだ。死んでくれ」

 空気を切り裂く回転翼機が俺の前へとやってきた。


 新型鋼具の数々。魔導書適合者。


 機動隊が勝てるはずがない。

 この世界に存在する神の顕現物。それを何個も持ってやがる。


 立ち上がる。回転翼機の機体に乗せられた重機関銃がこちらへと向いた。


 鉄板を撃ち抜く弾丸を連射するそれは建物ごと粉砕する破壊力を持っている。壁も建物も全て盾として機能しない。壁に身を隠しても壁ごと俺の体は撃ち抜かれて終わりだろう。


 だが何故だろう。心がすみきっていた。全然怖いと思わなかった。


 人外の力を持つ先導者を前にしても。鉄の獣を前にしても。ちっとも怖くなかった。


 口を開き言葉を述べた。回転翼機の音が邪魔して内容が届いているかは分からない。でも言った。


「おい・・・青二才。こんなヘリコプターなんてもんはな、鋼質有機体に比べれば全然怖くねぇ。お前の銃が効かねぇ体なんて天使様に比べればクソ以下だ」


 事実、そうだと思った。


 大陸を侵略しかけた鋼質有機体はもっとデカくて怖かった。


 魔導書の超能力なんてのは、天使様の力に比べたら贋作以下のガラクタだ。

 俺が見てきた恐怖や畏敬は、もっとずっと強かった。


 「くたばれ、愚か者どもが」


 こちらに向いた重機関銃。その射手の手に力が籠る。


 遠くを見つめた。機関銃でもなく、射手でもなく。虚空を眺めた。何も考えない、考えない方が、この状況を受け入れることができた。


 戦う覚悟よりずっと虚しい、死を受け入れる準備が済んだ時だった。


 笛の音が響いた。


 回転翼機の音を抜けて、笛の高音が街に覆う。


 全員がそちらに注目した。


 笛の音が情報を乗せて飛んでくる。


 街全体がざわめく。その情報に気づいた人は、一斉に窓から空を見た。人々は、その状況に胸の高鳴りを見せる。

 天の使いがやってきた。


 『天使降臨』


 天使様の現着を知らせる笛の音が街全体に響いていた。


 天使様が立っていた、俺の目の前に。

 気づいた時にはそこにいた。


 先ほどまで影も形もなかったのに、瞬きをしたら目の前に立っていた。


 重機関銃から庇う形で俺の目の前に。


 「遅くなった」

 そう言い。天使様はこちらに一瞥もせず、敵だけを凝視した。

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