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第5話 「テロと兵士」②


 「まじか・・・」

 思わず漏れ出た言葉。隣で壁に背を当てて、銃撃を耐え忍んでいる部下と目が合った。弾は当たっていないはずなのに血の気が悪い顔をしていた。恐怖による硬直、俺もちょうどそんな顔をしているようだった。


「隊長・・・」

 震える声で部下がこちらを見る。「大丈夫だ、冷静に努めろ」それしか言えなかった。


 どうやって機動隊を全滅させたのか?


 そう思うよりも先に、警笛による答えが返ってきた。

 『敵』、『新型鋼具』、『保有』。


 絶望の色が濃くなっていく。知らぬ間に、この町の占拠が行われていた。

 もう陥落しているのだ、この街は。すでに私たちは街ごと敵に包囲されていた。


 正気の沙汰ではない行為には算段があったのだ。


 新型鋼具による電撃的侵略行為。敵の手には、こちらではどうしようもならない兵器が握られている。そして、それを手にこの町の占拠に開始されたのだ。


 悲痛な警笛の後、町から銃声が消えた。何事かと思い目線だけを外に向けた。射撃される気配はない。町の外を見ると建物の屋上に、数人の人間が立ち並んでいた。全員が武装しているが、中央に立っている人間はメガホンを片手に持っていた。


「聞こえているか⁈諸君‼︎」

 拡声器を用いた大声が町を覆った。男の声が町中に響き渡る。


「我らは人民解放軍である。帝国による不当な政治。未来ある若者に無粋な価値観を押し付ける腐ったブタどもに、我々は鉄槌を下す」


 軍人然とした態度で男は続けた。

 「我々はこの街を包囲した。外敵となる帝国国軍も一掃させてもらった。これは真実である。この町は今をもって我々の支配下となった」


 「繰り返すこの街は今から我々の支配下となった」そう男は続けた。


 犠牲者はどれほどいたのだろうか?外の様子を把握していないため確信は持てない、この場だけでも数人が死亡してしまっている。周りの被害状況を含めたらかなりの数になるだろう。


 警笛の音からして、相手側が俺たちの警笛暗号を偽装することで、機動隊の全滅をでっち上げている可能性は低い。


 「我々は武力を擁している。覇国国軍にも負けない武力だ。それを証明させてもらった。すでにこちら側に向かってきた国軍は全滅した‼」


 そしてその男の隣にいた武装した兵士が、空に向かって銃口を向けた。我々が持っている歩兵銃や先ほどまで敵側が持っていたボルトアクション式のものとも違う。銃口に近い位置にある銃身が細く、スコープとも違う棒状の部品が銃身の上に沿って取り付けられていた。昔に衛兵として武器の種類を調べていたときに、見たことがある武器だった。


「新型鋼具か・・・」


 より排熱性能に優れ、連射機能が段違いに優れる歩兵銃。

 新型鋼具。フルオート機能を持つ突撃銃だった。


 屋上の上にいる兵士が空に向けて銃を乱射する。ガガガガガガッ、と一瞬のうちに何十発という弾丸が空へと駆ける。銃口から出た赤い軌跡がそれを本物であると語っていた。


 おそろくべき連射性能だった。それを持っている人間が屋上にいるだけで五人、全員がそれを装備している。


「もう一度言おう。我々は武力を擁している‼︎政治とはすなわち武力の言霊だ。武力をもって我々は、この大陸に新たな国家を建設する。天道教という邪教を広め、天使を崇めたてる帝国に同情の余地はない‼︎」

 男は続けた。


「民の未来を決めるのは天使ではない。民である我々だ‼︎」

 怒りなのか、男は語気を強める。


「我々は天使に挑戦する‼︎」

 愚直な意見だった。賢いとは言い切れない。民衆に意見を合わせるのではなく、自分の主張を声にして出しただけ。だが目的も姿勢もしっかりしている。人を先導する者のカリスマ性というのが見られる。従う人間はとことん従いたくなってしまう性質を、あの男は持っているのだろうと思う。


 それを踏まえて下劣だなと思った。ふざけるなと憤慨した。

「もうそちら側に勝機はない。武器を置いて投降しろ、君達の待っている国軍はすでに全滅した。先ほど見せた武器は見せかけではない。聡い君たちなら分かるだろう。嘘だと思わないでほしい」


 投降しろ、ときたか。投降しても殺されはしないだろう。武器を取りあげられて、抵抗できないように縛られるぐらいはあるだろうが。


「どうしましょう?隊長・・・」


 隣にいた隊員がこちらを見つめた。指示を出さなければならない。


「すでに君たちの居場所は把握している。十数える内に出てこなければ抵抗の意思ありとみなす。投降する者、こちら側に立つ者に我々は寛大だ。しかし!立ち向かってくるものには容赦しない。我々の目的は真の意味での解放だけだ。兵士の殺害ではない‼︎もう一度言う、十数えるうちに武器を置いて投降しろ‼︎」


「ひとつッ!」メガホンを持つ男が数え始めた。


「隊長・・・ど・・・どうすれば」

心底面倒だと思う。こんなことなら農家にでもなっておくべきだったか。


「ふたつッ!」


 隣にいる隊員から声がかかる。当たり前だが戦意などとっくに消失している。

 おそらく残っても早死にするだけだろう。


「みっつッ!」

 武器は軍刀と火縄銃だけ。敵の新型鋼具からしてみれば子供のおもちゃに等しい装備だ。


 勝てないだろうと確信する。相手の実弾射撃は確信させるだけの強さがあった。

 吉報を伝える笛の音など聞こえてこない。


 「よっつッ!」

 「俺の見立てだが、アイツらの言っていることは本当だ。助けは来ない。投降しても殺されない」


 「いつつッ!」

 「だからお前は投降しろ。時間が来るまで拘束されるかもしれないが、命は保証できる。助けが来るまで待て」


 「た・・・隊長は?」

 「俺は残って戦う」


 ただ戦いの意志を示した。あんな武器を前にして、無力だと分かっているのに。もう何年も前に、無力感などうんざりするほど味わってきたのに。


 「むっつッ!」

 「じゃ・・・じゃあ・・・おれも・・・」


 「やめとけ。すぐ死ぬぞ。行け・・・」

 「・・・でも」

 「はよ行けッッ‼︎」


「ななつッ!」

 隊員は藪を突かれたように、銃を置き、軍刀をベルトごと地面に投げ捨てた。


 手を上にあげ、ゆっくりと窓から顔を出した。射撃音は無い。ただ祈った、この甘ったれな部下が殺されないことを。


「投降したものは、手をこちらに見える位置に置いて腹這いになれ」

 メガホンを持つ男の隣にいた兵士が銃口を向けて、そう宣言した。


 部下は指示通りに動く。射撃の気配はない。

 「やっつッ!」


 地面に腹這いになった衛兵に、数人の兵士が取り囲んだ。ボルトアクション式の歩兵銃を向けながら、衛兵は腕を拘束され別の建物に連れて行かれてしまった。


 死んでくれるな、と願った。

 生きたいと願う者が殺されるのは、間違っている。戦時中に何度も思っていたことだった。だからこそ、自分の管轄内ではそうするように努めた。


 「ここのつッ!」


 生き死にをかけた戦いほど不毛なものはない。俺は軍人ではないし、国の存亡をかけて戦う必要はない。国内の治安維持をそれなりに努めるだけでいい。

 なのになぜ、俺はここに残っているのか?


 「死ぬな・・・オレ」


 死を覚悟した。むかし何度だって超えて来た、超えなければどうしようもなかった死線。それを今日またも越えようとする。何度だって嫌だと思ってたのに。


 仕事のためではない。国のためでもない。これは俺の意思の問題だ。

 首元にぶら下がっているネックレスを握る。一見、ただの輪っかに加工された金属片だったが、うねりのある装飾が施されている。


 天使様の輪っかがモチーフにした天の輪。天道教のシンボルにして、人類の救済、勝利を象徴している。


 「じゅうッ!」


 俺は天道教を信じている。真信とまでは行かないが信者だ。

天使様によって戦争が終わりを迎えた。不毛な争いの絶えない、あの地獄が終わったのだ。誰がどんな主張をしようとも、その事実は覆らない。


 教えとは道である。天道教とは人が歩むべき道筋なのだ。

天使様に歯向かおうとする奴に投降なんて死んでもしない。たとえどれだけ面倒だと思っていても、あの日の地獄を終わらせてくれた天使様に顔向けできる自分でいたい。そう願った。


 「これが最終忠告だ。武器を置いて投降しろ」


 投降者は何人いるだろうか?何人助かったのか分からない。助かれるだけ、助かってほしい。その一人に自分はいない。

 天の輪を握り込む。


 『苦痛に対する救済を、悪に対する勝利を』

 天使様の敵に立ち向かう、俺に力を。


 「帝国の思想に浸かってしまった哀れな民よ。我々はより良き未来のために粛清を断行する。同志たちよ敵の排除を開始せよッ‼︎」


 おうっ、と男たちの唸り声が上がったと思った矢先に、先ほどまでの静けさを打ち破る銃撃音が鳴り響く。戦闘が再開した。

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