第4話 「テロと兵士」
乱発される銃撃音が聞こえる。火薬の香り、鉄の焼けた香り、血の香りが混じり合う。
「ッ!!」
道端には血を地面に撒き散らしながら倒れる人の姿がある。日の光を反射させている血液、それを浴びる人間。生死の判別は出来ていない。
「隠れろッ!!」
二階や屋上から射撃する者。それに釘付けになる者。喧騒に破裂音。
壁を盾にして、覇国衛兵と反政府組織の銃撃戦が繰り広げられていた。
ここ『ドミニオン街道』は現在進行形で戦場と化していた。
いつもは繁華街として賑わいを見せるこの場所だが、犯罪活動の温床ともなっていた。
反政府、反覇国主義者は今だに多く存在する。繁華街として収入を得ながら、着々と犯罪に身を染める組織や人間が後をたたない。
反社会勢力。その目的は大きく分けて二つに分かれた。『金』か『名誉』か。
より多くの収入を得るために反社会勢力として組織を作る者。そして人間としての誇りや人民のより良い未来のために組織を作る者とに目的は別れる。いま帝国衛兵と戦っているのは後者の方だった。
名誉のために戦う。帝国を打破することで民衆に明るい未来が待っていると信じている狂人達の集団だった。街の人を巻き込み、多くの犠牲者を出しながら銃を撃ち続ける姿には、どうにも正義という言葉は似合わなかった。たとえ捕らえて尋問を行ったところで犠牲者のことなど「より良い未来のためには少なくない犠牲が必要だ」と嘯くだろうに。
そういう思想を持っている人間は強力だった。より多くの収入を求める反社に比べて悪あがきが酷すぎるのだ。実際、犠牲者が今も増え続けている。最悪な集団となっている。
天使様の威光を信じず、大陸外から武器を集めて活動する虫けらだった。より良い明日のために死んでくれ、とさえ思う。
ここでの戦闘は唐突に開始された。衛兵を奇襲する人間などいないと思っていたぶん、対応が後手に周り三人の犠牲者が出た。
突然のことだった。
衛兵の詰所に一人の老人が現れた。
「道に迷ったんなら、他のところで聞きな」と突っ返したところ。
老人はおもむろに懐からあるものを取り出した。
拳銃だった。
気付いた時には衛兵の一人が撃ち殺されていた。
なんの前触れもなく突然に一人の衛兵の頭が吹き飛んだ。俺の部下だった。
ドミニオン街道駐留地点の衛兵隊長として、俺はこの場にいた。
最初の銃声の後、そばにいた部下が咄嗟に剣を振い、その老人の手首を拳銃ごと跳ね飛ばした。
老人の取り押さえにかかろうとした途端、さらなる銃撃に見舞われ、もう一人部下が息絶えた。
銃撃の発生地は詰所の対面にある建物からだった。
唐突に始まった戦い。建物を元々陣取っていた反社と見られる組織は、窓の外から銃口をこちらに向けて射撃した。戦場経験のない二人の衛兵が、壁から身を乗り出したところを撃ち抜かれた。撃たれた一人はすでに息がない。
喧騒が巻き起こるなか、俺は緊急司令用の笛を吹いた。有線を用いた電報装置は、ここにはなかったが笛の音色と間隔を調整すれば救難信号を出すことはできた。
『応援要請』、『銃撃』、『多数』と笛による信号を吹いていく。銃撃音だけでも、街の外側の衛兵が外部へと連絡を入れて、機動隊へ出動要請が出る仕組みだった。
戦闘部隊が来るのを待つ。それしかできない。
この繁華街の治安維持、犯罪対処が俺たち衛兵の仕事だったが、これほどまでの戦闘を想定してこの職種は作られていなかった。あくまでも治安を悪化させる一般市民を制圧することしか俺たちには不可能なのだ。
衛兵の脇には剣が携えられ、両手には先込め式の歩兵銃、いわば昔馴染みの火打銃が一人一つ握られていた。衛兵の数は十四名、銃の予備が四つあり合計十八の歩兵銃がこの街の衛兵の装備だった。そんなものは相手側の装備に比べればあまりに拙い武器だった。
相手側が放つ銃撃音に合わせて薬莢が飛ぶ。相手が持っているのはボルトアクション式の歩兵銃だった。こちら側の銃は薬莢を使用していないため射撃してから次の射撃まで銃口から火薬と弾丸を詰めるという作業が必要なのに対して、相手はボルトを引くだけで次弾装填が完了してしまうのだ。勝てる道理がない。
反社どもが立てこもる建物の二階から、道を挟んだこちら側に鉄が降る。
相手は拳銃までもっている始末だ。手に負えたものではない。
薬莢を用いた武器。覇国では『鋼具』に分類される武器だ。もちろんのことだが一般市民への携帯、所持は禁止されている。
おそらく外国製・・・『剣の国』の武器だろうと想定できる。大陸外の他国から生産された鋼具を海上で取引し、ここまで持ってきたのだろうか。それとも帝国からの横流し品だろうか?どちらにしろ、もう一衛兵の管轄はとっくに超えていた。
「無闇に射撃するなよ‼︎民間人が退避するまでの時間を稼ぐことだけ考えろ‼︎」
そう詰所にいた部下に指示を出す。応援は呼んでおいた。機動隊が到着するまでの時間を稼ぐだけでいい。ここまでことが大きくなったのなら衛兵は待ちに徹する。そういう仕事だ。色を出そうと突っ込むことはしない。
戦闘技術はそれなりに鍛えてきた。こういう職業だし、戦争経験者だったので鍛えざるおえない生活は送ってきた。徒手空拳に剣術、錯乱する犯罪者を制圧するぐらいなら手がかからないぐらいには強かった。それもここでは意味をなさない。連射できる銃を前にして、自分はあまりにも無力だった。
お飾りの銃を背負い、剣を脇に携えて衛兵として、犯罪の抑止力としてただ立っているだけの仕事。不甲斐ないとは思う。でもそれが俺の限界なのだ。
『妖刀』の一本でも持っていればな、と夢に思う。「常識の物理現象を覆す」そんな妖の刀が手元にあれば自分一人でこの場を納められるのにと、子供のような夢をみる。王宮や官邸の私設兵は銃弾が縦横無尽に飛び交う戦場を一人で制圧してしまうのだという。そんな寓話の主人公になってみたいものだと思った。
今はとにかく街のそばに駐屯地に陣を敷いている軍立の機動隊の到着を願うだけだった。
銃撃の雨が降る。こんなことになるとはな、と思った。
紛争地帯や国外勢力への軍事防衛の前線に立ちたくないために、街を守るなどといった緩い衛兵職についているのに。こんな戦火に投げ込まれるとは夢にも思わなかった。
二十年前、戦火がまだ耐えていなかった時代。鋼質有機体をこの目で見た。蹂躙されていく町や村、殺されていく人の姿を見た。災禍に巻き込まれいく抗う術を持たない人々。その最後は筆舌つくしがたいものだった。
血や争いが嫌いなのではない。拳闘はよく見るし、格闘技術は積極的に学んだ。ただ銃に対して人間が無力だと知っているのだ。
人体にとって害にしかならない鉄が市街地で吹き荒れる。銃身を持つ手に無意識に力がこもった。
それなりの時間がたった。銃撃は止んでいない。しかし、機動隊がやってくる音や警笛の音さえ聞こえてこなかった。
「機動隊は何してるんだ⁈」
機動隊。銃を装備した騎馬隊の通称だ。馬の足と、ボルトアクション式の銃。より速く現場に到着し、より強い力で相手を制圧する。衛兵では持ち得ない武力だった。
それが到着の影すら見えない。笛の音も聞こえない。戦闘を行うための実行部隊が姿を現さない。
最初からそうだったが、こんな状況は普通ではない。悪い予感が膨らみ始めた。
身近でなる銃撃音の向こう側、ここではない遠くから、爆発音が鳴り響いた。それと同時に辺りから警笛がなった。音色から緊急性、音の感覚から文章を読み解いた。
『応援要請』、遠くから笛の音がそう告げた。
秒間数発にも及ぶ連続した火薬の破裂音。遠くで聞こえる悲鳴。それが左右、後ろからも聞こえた。
またも笛が鳴った。『非常事態発生』、『応援要請』。
戦場が広がったのを直感的に理解した。血の気が引いていく。
犯人側の目的はここで衛兵を撃ち殺すことではないことが分かった。この街の制圧だとでもいうつもりなのか?
もし、そうだったとしたら、機動隊の到着が遅れているのも納得がいく。
『応援要請』。街の至るところから、緊急性の高い救助を求める警笛が鳴りだした。
「どうなってんだ?」
『応援要請』、『応援要請』、『応援要請』、『応援要請』、『応援要請』・・・・・・・・。
町中が悲鳴をあげていた。
今はもう戦後から大分経つ、こんな事態は想定していなかった。
金が目的の反社を相手に、それなりの仕事をしてきた。たまに突っかかってくる相手をいなすことを仕事として行なってきた。それが平和と思えるくらいには、この町はバランスを保っていたんだ。これじゃあ戦時中に逆戻りじゃねえか。
「ふざけんな」
遠い場所から、さらなる警笛が聞こえ始めた。
『機動隊』、『全滅』
そして笛の音は聞こえなくなった。