第12話 「天使と汽車」
蒸気機関車が噴煙を上げながら警笛を鳴らし線路の上を走っている。
向かう先は巨白城の城下町。俺の実家に向かって進んでいた。
汽車に揺られながら、実家へと帰っている。
動くことの出来ない。こんな、どうにもならない時間を非常にもどかしく思う。
「アレガルド様。何かお持ちいたしましょうか?」
「苺を用意してくれ、飲み物は必要ない」
「かしこまりました」
汽車に配属されている給仕が飲み物や軽食の準備をしている。
「ご苦労」
それだけを伝えて窓の外を見る。
給仕は自信を漲らせて、自分の役割に集中した。
単純な皿に苺を盛ってこちらに持ってくるという作業だったが、それでもこの作業に自分の使命を見出すかのように働いていた。
『天の使い』その給仕を担当する。
それが汽車内だけに留まることだったとしても、彼は自分の役割に誇りを持っているようだった。
(上手く働け)
俺は心の中でそう呟いた。
なるべく相手に気を使わせないようにするために、自分から給仕に喋りかけることはしない。
給仕も集中しているのだ、それを遮ってしまうのは悪いと思っている。
だから最低限の注意を自分も払っている。
汽車や馬車など密閉された空間に一般人がいる場合。
なるべく温和でいることに努めていた。
自分の気配が他人の動きを酷く鈍らしてしまうのは知っていた為である。
自分が怒気や殺気を持ってしまうと、給仕や使用人が仕事をできなくなってしまうのだ。
自分が何の考えも持たずに感情を露わにしてしまうと、給仕達は最初に寒気を感じたように震えだし、最悪その場で失禁してしまう。
自分でも(マジかよ)と思うが。マジなのだ。
幼少の頃は何度かそう言った場面を作り出してしまっことがある。
悪いことしたな、とも思うし。脆弱な精神を持っている方が悪い、とも思った。
自分のそういった特性は戦場では敵に対して有効だが、日常生活を行うには不便なものとなった。
父に「アルは人に恐れられてしまう、そういう星の下に生まれてきたんだ。だから感情を表に出さない練習をしよう」と言われた。
感情を表に出さないこと、これを練習することで自分が相手から必要以上に恐れられない術を身につけた。
それが最終的には気配を消すという戦闘技術にまで昇華してしまった。
何でもやってみるものだと感心した。
他人に興味を持たずに生きる。これが『天の使い』として生きる自分なりの処世術だった。
「お待たせしました」
淀みのない動きで給仕は自分の目の前に皿に盛られた苺を持ってくる。
「ご苦労」
それだけを言って、給仕に向けて手を振った。
それを見ると給仕はお辞儀をしてから車両を後にした。
「ふぅー」
少しだけため息を吐く。
人の目が離れて、やっと落ち着ける。
出された苺を口に運んだ。
甘い果汁が口いっぱいに広がる。
「好きでやんすよね、それ」
そう声が掛かる。
会うのは数週間振りだが、調子に変わりがないようだった。
「まぁな」
「飲み物も頼みましょうよ」
「は?苺は飲み物だろ?」
給仕が車両を出た後、この車両には二人の人間が残されていた。
ここの車両には二人しか乗客がいない。
用意されている多くの座席はほとんどが空けられている状態だ。
ここにいるのは自分以外にもう一人。
四人用の腰掛けに、オレと対面する形で一人の男が座っていた。
「相変わらずでやんすね。坊ちゃん」
名を「ベンジャミン・バルジャン」と呼ぶ。天使私設兵『右腕』である。
俺と二人っきりの時、ベンジャミンは俺のことを「坊ちゃん」と呼んだ。
畏敬の念など見せずに接してくる数少ない人間の一人。
それを許される地位、実力、過去を兼ね備えた特異的な人だった。
「というか。汽車ってのは何でこんなに遅いんだ?走った方が早いだろ」
「スゲェですね。急ぎすぎでやんすよ。もうちょいのんびり行きやしょうよ。坊っちゃん」
ベンジャミンはカラカラと笑った。
おどけるのが好きな男だった。
所属だけならオレと同じく、父の作った特務部隊『天使私設兵』にいる。
俺が統括者である『頭』なのに対して、ベンジャミンは『右腕』に位置しているのだ。
特殊の中の、さらに上位に位置している称号だ。
天使私設兵の『左手の小指』に在位することですら、相当な実力が必要になってくるというのに・・・。
全世界に散らばって然るべきはずの天使私設兵。
その特別上位が二人もこの場にいる。ありきたりな表現だが、異常だった。
「由々しき事態」と言ってもいい。
「なんでオレの車両に来た?」
「なんでって、暇だったからでやんすよ」
「暇だったら要人の護衛にでも行ってこい」
「まぁまぁ、下に仕事させないと後続も育ちませんよ。いい機会じゃないですか。久しぶりに坊っちゃんとお話したかったですし」
「坊っちゃん呼びはやめろ。アレガルドと呼べと言ってるだろ」
天使私設兵。
覇国の行政、いわゆる軍などの国防機関。
諜報部隊などの情報機関。
衛兵などの国土安全機関にオレ達は属さない。
官邸からの司令を単独で遂行する天使直属の特務部隊だった。
よく言えば「頭ひとつ抜けている」。悪く言えば「溢れ者」の集団。
官邸私設兵や覇国私設兵などと呼ばれているが、天使である父が独自で動かすことができる私兵に過ぎない。
「一ヶ月ぶりぐらいですかね。こうやって集まるのも」
「二十日ぶりだ」
「はは、シロ様と会えないのは、やはり悲しいですかい?」
「・・・まぁな」
愚問だった。会いたいに決まっている。会えない日はいつも指折りで数えている。
自分の首にかけているペンダントを手に取り、それを眺めた。
母と妹の写真がそこに貼られている。
シロネフェリア、オレの妹。血を分けた兄妹。
灰色に染まる世界の中で唯一色付く、オレの心の軸。
「シロ様も大きくなられましたよね。久しぶりに見てビックリしました」
「今日で十三になる。もう大人だ」
目を細めて外を見た。
シロのことを思い出す。
こちらに手を振り笑顔を向け「兄ちゃん。元気してた?」と心配してくるシロの姿、それを想像しただけで全身が震えた。
シロの笑顔を見るために頑張っている。
元気にしているだろうか?
ちゃんとご飯を食べているだろうか?
危ない目に遭っていないだろうか?
オレが頑張れば頑張った分だけ天使の威光は高まる。
『天使』の威光が高まれば高まるほど、シロの生活は豊かになる。大陸にいる人間が一層俺たち家族に敬意を払う。
シロにもオレのような『天賦』がある。
俺たち家族しか持ち得ない天上の才であり、『呪縛』そのもの。
シロにはそれを使わないで欲しかった。
天賦なんてものに身を染めないで欲しかった。
そのために天使の威光を知らしめ続けるのだ。
ほんとはずっとシロと一緒にいたかった。
でも、これがシロのためになると思う。
オレの天賦はそのためにある。だから俺は走り続けている。
汽車の窓の外。街が通り過ぎるのを目で追っていた。
そんな暇を持て余しながら、オレの歩んできた道を考えていた。
「大変だったな、昔から」
「天の使い」として見られ始めたのはいつからだっただろう、いつからオレは最強と言われるようになったのだろう。
オレは目を瞑り、気車の揺れに身を任せる。
景色を追うように自分の過去を振り返った。
自分の人生の分岐点。『アレガルド・サンシャイン』という最強が生まれた瞬間。
あれは今から7年前の出来事になる。