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過去話⑤ 「天の使い」

 天使が来る。

 マゴロクさんはそう言った。

 その言葉を金髪の男性は否定しない。


 事実として巨獣と化した鋼質有機体を死に至らしめる「何か」が集落にいる。

 さらに、それがこっちに向かっているのだ。


 得体の知れない、ただ天使という名前だけを持つもの。

 初めて鋼質有機体に出会った時に匹敵する恐ろしさを感じた。

 自分の想像すら及ばない何かが、こちらに近づいている。


「・・・⁈」

「え?」


 ふと、明かりが消えた。火の熱さが消えた。

 今日で何度も見ているはずの超常。

 天使の到来を告げるように、それがさらに顔を出す。


 集落の火が消えたのだ。

 何の前触れもなく、ただ一瞬にして。

 水をかけられたわけでもない。強い風が吹いたわけでもない。


 火の手によって煌々と輝いていた集落から、火炎だけが一瞬にして消え失せた。


 燃え上がっていた集落。

 そこから炎が抜け落ちて、火による音も光も消え去った。

 燃え残った炭、月に照らされる私たち。


 火の音が消えたことによって、人の息使いさえ聞こえるほど周囲に静謐が広がっている。


 『火が邪魔だった。だから消した』そう言わんばかりに、何の前触れもなく集落から脅威は消えた。

 それは、天使がこちらに近付いてくる予兆だった。


「みんな、膝を地面に着けて」

 マゴロクさんは大剣を横に振って、跪くように促した。

 慌てるようにマゴロクさんは私たちに向かって言った。

 金髪の男性もそれに続く。


「形式的なもんだ。いいから膝を地面に着けて、頭を下げろ」

 集落のみんなに向かって、そう投げかけた。

 もう戦いの名残はない。

 害敵である鋼質有機体も、脅威である火も、灯りも音も何もない。

 今あるのは凱旋、その空気だけだった。


「来るぞ。天使様が」


 みんなが顔を互いに見合わせて、その言葉に従った。

 全員が地面に膝を着け、視線を下に落とした。

 幾重にも続く常軌を逸した現象。


 助けてくれた恩人の言葉というのもあり、その行為に逆らう人間は誰一人としていなかった。

 地面に膝を着け、天使という存在を待つ。

 全員が一言も発さずに到着を待っていた。


 足音。最初に気付いたのはそれだった。

 炎で焼かれた集落。

 そこから炎が抜け落ち、静寂で満ちている。

 だからこそ、こちらに近づいている足音が聞こえているのだ。


 一人ではない。

 何人もの足音が重なり、こちらに向かっている。

 数人の足音が近づくにつれて、自分の体に異変が起きている。


 背筋に冷水をかけられたように全身が粟立った。

 空気が粘り気を帯びている。

 水中にいるかのように、体を動かすことにも、息をすることにも努力が求められる。


 一瞬、息の仕方を忘れてしまったかと焦った。

 口が空気を上手く吸ってくれない。

 異質な空気が、ゆっくりと、ゆっくりとこちらに近づいている。


 月に照らされて、その足音の正体が見え始める。

 それは人の集団だった。

 数は10人近く。

 人の集団が何かを囲うように円陣を組み、こちらに行進してくる。


 火の手はもうない、月の光がその集団を可視化していた。

 異質な空気。それが、その集団から発せられているのだ。


 絶対的な格差。

 隔絶した生物としての差。

 それを本能で感じ取っている。


 それが寒気として、息苦しさとして体の表面に出てきている。

 その集団と敵対してはいけない。

 そう全身が叫んでいる。


 そして集団が到着した。

 もう私たちの目の前にいる。


「お疲れさまです」


 金髪の男性は集団の先頭に向かって敬礼をした。

 それに合わせてマゴロクさんも敬礼を見せる。

 集団の先頭に立っている人は、マゴロクさん達に手を挙げて、その敬礼に挨拶を見せた。


 その集団は全てがバラバラだった。

 年齢、性別、種族、体格。

 だがその行進する動作だけが揃っていた。


 この集団の誰かが天使なのだろうか?

 この異様な空気を放つ存在が『天の使い』なのだろうか?


 考えや思いを巡らせている時。

 集団の先頭に立っている男性が声を上げる。


「諸君、よく生き延びてくれた。集落の損壊を見れば分かる、多大な攻撃だったんだろう。しかし君達は生きた。生きて会えたこと、まずはそれに感謝しよう」


 よく通る声だった。夜の闇を切り裂くように、その人物は口を開く。


「そしてマゴロク、ワン。貴公らに感謝する。ありがとう。尊い命を救ってくれたこと。あの害獣を食い止めてくれたこと。その全てに御礼を言う」

 その言葉と共に、マゴロクと金髪の男性が腰を折って返礼した。


 そして、その人物は腕を空高く伸ばし、月が輝く夜空を指差した。

「何の因果か、我々はここで出会った。これは天の采配である」


 真面目に、厳かに。

 何の躊躇もなく、その人物は「天」を語った。

 「天」とは、つまり神である。

 神とは、人では説明がつかない現象の大元を指している。


「生きる、というのは選択肢の連続だ。この災禍を生き延びてきた君達なら分かるだろう?自分が選んできた選択肢で生死が決まる。逃げる、隠れる、戦う、そして人を蹴落とす。生き残るため、自分の信念を貫くため、あらゆる選択を強いられてきたはずだ」

 ゆっくりと指先を動かし、胸に手を当てた。


「そして、自分の選んだ選択に悩み、苦しむ。考えたことはなかったか?何のために生きているんなだろう?と。どうしてこんなに苦しまなきゃいけないんだろう?とね」

 教鞭を振るう教師のように、彼は世の理を説いた。

 

「断言しよう。生きている限り、人生には理由がある。どれだけ苦しもうが、辛かろうが。生き延び、踠き続けたこと、そこには意味がある」


 腕を横に伸ばし、語気を強める。

「君たちが苦しんできたこと。選んできた選択は間違いではなかった。約束する、君たちが生きてきたのは、今ここで私たちに会うためだ。私たちの主人に会うために、広大な大地の中で私たちは巡り合った」


 人の集団、その円陣が割れた。

 人垣の中から、一人の人物が顔を見せる。

 その時に悟った。人垣に埋もれ、守られながら出てきた人物こそが「天の使い」なのだと。


「出会えたこと、御身の前にいることが出来ること。その全てに感謝しなさい。そして、最上の敬意を表しなさい。この御方こそ、災禍を滅する大陸の救世主。天使様だ」


 先頭に立っていた人物は、そう言い終えると横に一歩ズレる。そして後ろから『天使様』が現れた。


 湿った暑い部屋に、涼しい風が流れるように。その場にあった異様な空気は霧散した。

 途端に呼吸は軽くなり、澄み切った空気があたりに充満する。

 ただ、顔を出しただけで、意図も容易く場の空気が入れ替わる。


 その姿を見ただけで、私たちは魅了された。

 その姿を表しただけで、私達に納得させた。

 支配し、従属させる力が、目の前にいる『天使様』は持っていた。


「初めまして。私はウィスパー・サンシャイン。天の使いです」


 透き通る声で、その御方は喋った。


 年端もいかない男児。

 それが、天使様の姿だった。

 周りにいる大人に比べれば、非常な矮小な体躯だったが、堂々とした姿勢で、膝を折る私たちの前に立っていた。


 疑わなかった。疑問にも感じなかった。だから何も言わなかった。

 その姿を見た瞬間に、魅力という引力に惹かれた。

 そして、この男児こそが『天の使い』であると確信した。


 どこまでも透き通った姿をしていた。

 全身が白・・・いや銀という表現に近かった。


 髪、肌、装飾。

 その全てが白色に光っている。

 そして煌々と光る目だけは桃色に輝いている。


 神秘。それを体現したような容姿だった。

 月明かりが後光だと錯覚するほどに、その御方は美しかったのだ。


「僕が道を作ります。着いてきてください」

 短く、それだけを言った。

 天使様は、その言葉だけを残して踵を返し、集団の中に消えていった。


 集落のみんなから返答はない。

 ある者は泣き、ある者は笑顔を見せながら、ただ手を合わせ、首を垂れた。

 それがみんなの返答だった。


 示し合わせることなく、この場にいる全員が、天使様に頭を下げていた。


 災禍という最悪。

 大陸全土を巻き込んだ厄災。

 おそらく、その最悪に釣り合いを見せている存在。


 私が今日見た超常現象の数々。

 自分の人生がひっくり返るような衝撃の数々。

 それすらも超えてくる『出会い』という分岐。


 それが天使様に出会った日のことだった。

 天使様が私の前に現れた瞬間だった。

 その時に私の歯車は意味を成して回り始めたんだ。


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