テラスにて
「冷めないうちにお召し上がりください」
アルトが言うと同時に、レティアは茶を飲んだ。
瞬間。
レティアはすぐに茶を吐きだした。
不味かったわけではない。
茶が、熱かったのだ。
これまで冷たいものしか飲食してこなかったレティアにとって、温かな茶は未知の領域であった。
「レ、レティア様!? 大丈夫ですか??」
慌てた侍女たちが、レティアの傍へ寄った。
すぐさま、レティアが吐き出した茶を拭き取っていく。
「……あ、あ、ご、ごめんなさ、い」
「申し訳ありません。熱すぎたでしょうか」
「……お、驚いてしまって」
レティアは咳き込みつつ、温かな茶が入ったカップを見た。
カップの底には、熱した石が沈んでいた。
その石がレティアの冷気を阻み、茶を温かく保っていた。
レティアはすぐ、侍女たちが気を利かせてくれたのだと察した。
察したが、レティアは困惑した。
嬉しいという想いより、戸惑いに満ちた。
戸惑いはレティアの思考をすっかり停止させてしまった。
驚いたまま固まるレティアを見て、侍女のひとりが理由を察した。
すぐさまカップの底に沈められた石を取りだした。
そうして、レティアに向かって膝を突いた。
膝を突いた侍女の名は、テラといった。
テラは、自らの発案で熱すぎない程度に熱した石をカップに入れたと告げた。
「火傷などはしていませんか、レティア様」
「……な、なにも、驚いただけ、なので」
「今後は、お手を付けられる前にすべて説明いたします。どうかお許しください」
「……き、気にしないでください、本当に」
思考力を取り戻しはじめたレティア。
膝を突くテラの前で、自らも膝を突いた。
「……感謝、しています。本当に」
戸惑いに満ちつつも、レティアは深く頭を下げた。
感謝の想いは、本心であった。
身分の低いレティアが、このような待遇を受けるなどあり得ないはずなのだから。
王様やグイラムは当然のこと、目の前にいる侍女たちも、レティアよりはるかに身分が高い。
その身分差を越えて、レティアに力を尽くしてくれている。
これまでレティアが受けたことのない優しさも、注いでくれている。
たった二日で、一生かけても返しきれない恩を受けていると、レティアは理解していた。
「……お菓子と、パン。美味しい、です」
レティアはパンを一口食べ、小さく頭を下げた。
パンもまた、ほんの少し温かかった。
パンを載せた石の皿の下に、熱を帯びた石が置かれていたからだ。
適度に温まったパンは、茶と比べて食べやすかった。
「それは良かったです。こちらの果物も……あ、あ!」
「……果物は、すぐ凍ると思う、ので、あとで、ゆっくり食べ、ます」
「そうみたいですね。カチカチ……ですね」
ホミンという名の侍女が目を丸くして言った。
ホミンは三人の侍女の中で最も年下であった。
凍りついた果物に、ホミンの目が子供のように輝いた。
「……あの。ひとつ、食べてみても良いですか、レティア様」
「……え」
「凍った果物なんて、見たことがないです。きっと、どんな宝石よりも価値がありますよ」
ホミンの輝く目が、レティアを見つめてくる。
その圧に、レティアは無意識に頷いた。
すると弾けるようにホミンの手が果物へ伸びた。
凍った果物をたった一口で食べる。
「わ! う、うー!!」
ホミンが妙な声を上げた。
冷たすぎたのか。
それとも美味しいのか。
どちらにしても、経験したことのない味と食感に歓喜していた。
その様子を見ていたアルトとテラが、ホミンを小声で叱った。
はしたないとか、レティア様の目の前ですよとか、注意を繰り返す。
しかし、ホミンの耳には届かないようであった。
それほど美味なのかと、アルトとテラが首を傾げた。
そしてふたりも、少し食べてみたいと、レティアの方をちらりと見た。
レティアはふたりに対して何度も頷き、「ご自由にどうぞ」と伝えた。
その後しばらくして。
皿の上から、凍った果物がすべて消えた。
代わりに、三人の侍女たちが珍味に舌鼓を打ち、酔っている。
侍女たちの喜びようにレティアは戸惑ったが、心に少し、浮ついた気持ちが滲んだ気がした。