水浸し
氷が溶ける。
水が流れる。
レティアは、立ち尽くしていた。
王様との話しを終えたあと。
寝室まで戻ると、扉の前が水浸しになっていたからだ。
その水は間違いなく、レティアの氷から生まれたものであった。
「お帰りなさいませ、レティア様」
溢れでた水を拭きとっていた侍女のひとりが、立ち上がって礼をした。
レティアは慌てて頭を下げる。
「……ご、ごめんなさい。水が……私のせいで……」
「なにひとつ謝ることはありません、レティア様」
「……ですが」
「この国では、水は貴重です。こうして拭って集めた水は、王宮の中庭で使えます」
項垂れるレティアに、侍女の声が優しく撫でた。
そうして侍女が、寝室の中に幾つも置かれている甕を指差した。
甕の中を見てみると、水で満たされていた。
汚れた水なので飲むことは出来ないが、たしかに庭木への水には使えそうであった。
「ありがとうございます、アルト」
レティアと共に寝室まで来ていたグイラムが、頭を下げた。
アルトと呼ばれた侍女が、首を小さく横に振る。
「明日はこのようにならないようにいたします」
「私も良い案を考えてみよう。それまで頼みます」
「焦らずお考え下さい。わずかにも苦になりませんので」
そう言ったアルトが、包むようにしてレティアの両肩を抱いた。
アルトの手は、ふわりと温かかった。
レティアはほっとして、全身から力が抜けていくのを感じた。
グイラムが去ったあと、レティアは寝室で休んだ。
しかしベッドを使うことは出来なかった。
レティアの冷気で凍りつき、ベッドの綿が潰れてしまったからである。
「……ご、ごめんなさい」
レティアは申し訳なく思い、再び心が押しつぶされた。
自分ごときがベッドで休むなど、烏滸がましいことだったのだと。
(……床で、寝るべき、だった)
レティアは悔やんだ。
どこで寝ても、どのみち凍って硬くなるのだ。
ベッドも床も、レティアにとっては大差ない。
項垂れるレティアを見て、アルトがレティアの傍へ寄った。
レティアより目線を下げ、温かな手で小さな手をそっと取る。
「何も問題ありません、レティア様」
「……ですが」
「本当に、お気を病むことはありません。それよりもレティア様。あちらのテラスでお茶にいたしませんか?」
アルトが寝室の奥を手のひらで指した。
寝室の奥には、大窓と、扉があった。
扉から外へ出ると、整えられた広いテラスがあった。
テラスの中央には、石で作られたテーブルと椅子が置かれていた。
レティアはアルトに促されるまま、椅子に座った。
椅子は硬かったが、不思議と座り心地が良かった。
「お茶と、お菓子と、パンも用意します」
「……お菓子も」
「もちろんです、レティア様」
アルトが笑顔を見せる。
沈みつづけていたレティアの心が、わずかに軽くなった。
アルトと共にいたふたりの侍女が、菓子や茶を持ってくる。
石のテーブルに並べられた、菓子とパン。レティアの鼻腔をくすぐった。
それだけではない。
数種類の果物と茶の香りも、レティアの腹を鳴らさせた。