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6/12

見計らう

翌日の朝。

レティアの寝室はすっかり氷漬けとなっていた。

ベッドも同じく、岩のように硬くなっている。

ところどころ歪に凹んで固まっていたため、レティアは妙な体勢で目を覚ました。



「……ここ、は」



レティアは目を細め、辺りを見回す。

見慣れた氷の世界と、見慣れない部屋。

身体の下に、妙な形で固まっている大きなベッド。

一拍置いて、レティアははっと昨夜のことを思い出した。

同時に、戸惑いが身の内を占める。


ここは、見世物小屋ではない。

旅の途中の馬車でもない。

朝から何をすればいいのか。レティアはまったく分からず、不安に揺れた。


ベッドから降りて、寝室中を見て歩く。

光をこぼす、寝室の大窓。凍りつき、氷を生やしていた。

氷で歪んだ窓が、外の様子をレティアに覗かせてくれなかった。

寝室から出る扉はあるが、開けることはためらわれた。



「……そういえば」



レティアはベッドの傍へ寄る。

ベッドの傍らにあったテーブルには、呼び鈴が置かれていた。

凍りついた、呼び鈴。

レティアは凍った呼び鈴を床に叩きつけ、氷を強引に剥がした。

瞬間、ひどい鈴の音が寝室にひびきわたった。


呼び鈴の音を聞き、レティアの寝室の隣から侍女の声が鳴りひびいた。

普通ではない音色に、驚き、焦らせたのだ。

レティアの寝室へ飛び込んできた侍女たちの顔色は、真っ青であった。



「レ、レティア様!?」



三人の侍女が同時にレティアの手を取る。

しかしレティアが無事と気付くと、その場に崩れ落ちた。

崩れ落ちた侍女のひとりが、レティアの手にあった呼び鈴を見た。

氷の欠片が貼り付いている呼び鈴に、何が起こったのか察する。



「……ごめん、なさい、鈴が、その……使えなくて」


「謝ることなどありません。明日からは呼び鈴が凍らないようにいたします」


「……本当に、ごめん、なさい」


「レティア様。何事もなく良かったです。それよりも、何か御用でしたか?」


「……あ、あ、……そ、その」



身を低くする侍女たちを前に、レティアは身の内の戸惑いを思い出した。

小さな両手のひらを擦り合わせ、肩をすくめる。


何を、どのように言えばいいのか。

レティアはじっと考えた。

そうしている間、侍女たちは身を低くしたまま待っていた。

急かすことなく、レティアが話し出すのを待つ。



「……そ、その……今日は、なにをすれば、いいですか」



長い間を置いて、レティアはぽつりと声をこぼした。

すると侍女たちが顔を上げた。

温かな目でレティアを見据え、微笑む。



「それでは、レティア様。まずお召し物を変えましょう。あ、いえ。その前に、お身体を洗わせていただきます」


「……は、はい」


「お湯をご用意しますので、少しお待ちを」


「……はい、待ちます」



レティアは頷く。

侍女が二人、湯を用意するため寝室から出て行った。

残った一人の侍女が、レティアのために軽食を準備した。

軽食は、茶と、小さな丸い菓子。


レティアは茶が凍る前に、すぐさま飲み干した。

そうして小さな菓子を口に含む。



「……っ!」



レティアは目を丸くさせた。

甘い菓子など食べたことがなかったからだ。

あまりの美味しさに、レティアの緊張は一気に解れた。



「お気に召しましたか?」


「……は、はい」


「では、また後で新しい菓子をご用意します。レティア様の一番のお気に入りが見つかるまで、毎日お持ちしますよ」


「……これが、一番美味しい、です」


「左様でございますか? ではこちらも必ずご用意しますね」



そう言った侍女がにこりと笑う。

レティアは笑顔に釣られ、円い菓子をもうひとつ食べた。

ふたつ目で、同じ菓子だというのに、その菓子はさらに甘かった。

先ほどまでの戸惑いはどこへやら。

レティアはすっかり蕩けるのだった。



やがて、湯を用意した侍女たちが帰ってくる。

レティアは蕩けたまま、侍女たちに身を任せて身体を洗われた。


しかし、レティアの身体を洗うのは大仕事となった。

用意した湯が、すぐに冷水となってしまうからである。

そのため侍女たちは何度も湯を用意した。

いつの間にか、レティアの身体を洗うために十数人の使用人が集まった。


ようやく身を清めたレティアの髪は、灰色から純白へと変わっていた。

汚れていた身体も、ずいぶんと綺麗になった。

しかしレティアはひどく痩せていた。

骨と皮の手足。痩せこけた頬。目の周りは痩せくぼんだままである。


痩せた身体を隠すため、侍女たちは全身を覆うような衣服を用意した。

侍女たちは用意した衣服が凍ってしまうことを懸念していたが、杞憂で済んだ。

不思議なことに、レティアが纏う衣服は凍らなかったのである。

冷気こそ帯びているが、衣服の柔らかさが損なわれることはなかった。



「レティア様、お疲れになったでしょう?」


「……は、はい。……少し」


「少しお休みください。先ほどのお菓子をご用意しましょうか?」


「……は、はい……!」


「ふふ。ではすぐにお持ちします」



侍女が新しい菓子を取りに行く。

レティアに再び、蕩けるひと時が訪れた。

ところがその時間は長くつづかなかった。

グイラムがレティアの寝室を訪ねてきたのである。



「お休みところ、申し訳ありません」



グイラムが深々と頭を下げた。

その姿を三人の侍女が睨みつける。

どのような用件でグイラムが訪ねてきたのか、察しているらしい。

その鋭い視線を避けるように、グイラムがさらに深く頭を下げた。



「レティア様。今一度、王陛下とお会いいただけませんか?」


「……王様と、ですか」


「左様です。どうしても、本日に」



そう言ったグイラムが、一歩レティアへ寄った。

グイラムを阻むように、侍女たちがレティアの前に立つ。



「ヴァンハールド卿。いったいどうして、そのように急ぐのです?」


「事情が変わったのだ。テンペライス神家が同席すると」



グイラムが言うと、侍女たちがぐっと言葉を飲み込んだ。

それ以上抗えない何かがあるらしく、苦い顔をしてグイラムに道を譲る。

許しを得たグイラムがレティアの前に進み出た。

膝を床に突き、「ご同行願えますか」と頭を垂れる。



「……行きます。大事なこと、なのですよね」


「左様です」


「……わかりました」



レティアは頷く。

安堵の表情を浮かべたグイラムが、レティアの手を取り、礼を捧げた。


昨日同様、レティアはグイラムに連れられ、王様の部屋へ向かった。

道中。幾人かの視線がレティアへ向けられた。

それらは昨日の視線とは異なっていた。

何かを計るような、重苦しい意識がレティアへ向いている。


レティアは恐れ、隣を歩くグイラムに寄った。

グイラムもその視線を感じていたらしい。

怯えるレティアの冷たい手を握ってくれた。


やがて、昨日訪れた大扉の前に着く。

四人がかりで扉が開けられると、奥に王様の姿が見えた。



「呼び立てて済まない、レティア嬢」



王様が嬉しそうに声をかけてきた。

レティアは戸惑いつつも、小さくお辞儀をする。

すると王様の背後から一人、男が現れた。


男は無表情で、レティアをじっと見据えていた。

その目と意識は、この部屋に来るまでの視線と似ていた。

いや、それ以上か。

百人もの目を束ねたように、じっとレティアを見計っている。



「……あ、あ。あの……」



気圧されたレティアが、一歩下がった。

それを気遣うように、グイラムがレティアの前に立った。



「テンペライス神官長、彼女は子供です。怯えさせないでいただきたい」


「……ほう。私が、怯えさせたかね?」


「小さな子供に対しては強すぎる威厳を纏っておられますので」



グイラムが苦笑いして言った。

すると間を置いて、神官長と呼ばれた男が愉快そうに笑った。



「はっは。それは申し訳ない。しばし抑えるとしよう」



笑いながら、神官長の目がレティアへ向く。

レティアはグイラムの後ろから、神官長と目を合わせた。


笑っているというのに、無感情な目。

胸を穿たれるような、力強い意志が奥底に宿っていた。

恐ろしいと、レティアは心の内で震えた。

見世物小屋の主人よりも、その使用人よりも、ずっと恐ろしい。



「レティア嬢」



硬直しているレティアを、王様の声が撫でた。

レティアははっとして王様を見る。



「レティア嬢、よく休めたかね」


「……は、はい」


「それは良かった。実は少し、長い話をすることになる。もしも疲れたなら、遠慮なく言ってほしい。途中でも終わりとするから」


「……はい、わかりました」


「宜しい。ではこちらに」



用意された椅子とテーブルを王様が手のひらで指す。

椅子は二脚あり、王様とレティアだけが座った。

神官長は王様の隣に立ち、グイラムがレティアの隣に立った。



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