レティアの寝室
レティアのために用意されていた部屋は、牢屋ではなかった。
見たことのない家具が多数置かれていた。
その中でも目を見張るものは、ベッドであった。
幼い身体には大きすぎるベッドに、レティアは戸惑いを隠せなかった。
「レティア様。こちらの三人が、レティア様に仕える侍女です」
案内してくれたグイラムが言った。
グイラムの隣には、いつの間にか三人の女性がいた。
皆、レティアより年上で、美しい衣服を纏っていた。
「……侍女、って、なんですか?」
「レティア様の身の回りをお世話する者です。何か用がある際は、彼女たちに言いつけてください」
「……侍女、も、ここで生活する、のですか?」
「いいえ。彼女たちは常に隣の部屋に居ります。用があれば、この鈴を鳴らしてください。すぐに駆け付けます」
「……はい」
レティアは訳も分からず頷いた。
この王宮とやらに着いてから、今この瞬間まで、何もかもが分からない。
いったい自分はどうすればいいのか。
いつ、どのように、誰に対して、見世物となればいいのか。
あまりにも落ち着かない。
吐き気すら感じて、レティアは蹲った。
「レ、レティア様、如何なさいました!?」
蹲ったレティアに、グイラムが声を上げた。
すると侍女のひとりがグイラムに詰め寄り、彼の口元に手のひらを当てた。
「レティア様は疲れているのです」
「それくらい分かっている」
「いいえ。分かっていません。こんなにも心を擦り減らしているのに、早々王陛下に会わせたりして。まったく、信じられませんよ」
「いや、しかし」
「はいはい。殿方はそろそろご退室ください」
侍女のひとりがグイラムを捲し立て、寝室の外へ押し出す。
グイラムは困り顔を見せたが、抗うことなくレティアの寝室を後にした。
三人の侍女の下に残されたレティアは、怯えつつ、そっと顔を上げる。
すると侍女のひとりがレティアから少し距離を取り、隣に座った。
そうしてレティアの怯えを察し、レティアより小さな声をかけてきた。
「レティア様、本日はこれ以上、何もすることはありません」
「……何も?」
「ええ、何も。ゆっくり休んでいただくだけです」
そう言った侍女が、大きなベッドを手のひらで指した。
ベッドに近付き、触れる。
綿の詰まったベッドが、レティアの手をふわりと包み込んだ。
「……これに、乗っても、良いのですか?」
「乗っても、跳ねても構いません。こちらはレティア様のものですから」
「……これは、私の持ち物では、ないです」
「今日から、レティア様のものとなりました。この部屋にあるものはすべて、レティア様の所有物ですよ」
「……すべて、ですか」
「左様でございます。ですからご安心を。今日のところは、このままお休みください」
侍女たちが温かく微笑む。
見ると、侍女たちの衣服が凍りはじめていた。
侍女たちは冷気の対策として手袋もしていたが、それもとうに凍っていた。
なのに侍女たちは、顔色ひとつ変えていない。
温かな優しさを貫いてくれていた。
(……この呪いが、……この人たちを、苦しめては、……だめだ)
レティアは恐れた。
脳裏に、氷像となった使用人の姿がよぎる。
今すぐ侍女たちをこの部屋から追い出さなくては。
そうしなければ、侍女たちがあの時のように凍ってしまう。
レティアはすぐさま、侍女たちに何度も頷いてみせた。
そうして、寝室の外へ侍女たちを押し出す。
目端に、凍りはじめていた寝室の壁が映った。
見慣れた光景であったのに、レティアはなぜか、心の奥がぞくりと冷えた気がした。
「……ありがとう、ございます。侍女様も、どうか、お休みください」
侍女全員を部屋の外へ追いだすと、レティアは膝を突いて礼をした。
慌てた侍女たちがレティアにひれ伏す。
「お顔をお上げください。このようなことをしてはいけません」
「……ですが」
「レティア様。何かあれば、すぐにお呼びください。何の気遣いもいりませんから」
「……は、はい」
レティアは侍女たちに促されるまま立ち上がり、二度も三度も礼をした。
侍女たちも釣られて礼を言い、レティアの寝室の隣の部屋へ入っていった。
寝室に戻ったレティアは、途端にひどい疲労感を覚えた。
緊張の糸が切れたのか。
眩暈がして、視界が歪む。
レティアはふらつきながらも、ベッドの上に乗った。
ベッドはすでに凍っていた。
先ほどまでの柔らかさはない。
しかしレティアにとっては十分であった。
見世物小屋での牢屋では、固い床の上で眠っていたのだ。
床に比べれば、凍ったベッドのほうが良いに決まっている。
凍ったベッドの上で、レティアは目を瞑った。
一瞬で意識が奪われ、レティアは夢の底へ落ちていった。