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ベル・ザラム

ベル・ザラム。

レイ砂漠の中にある、最も大きな都市。

ベル・ザラムの中心には、巨大なオアシスがある。

苛酷を逃れたい砂漠の民は、楽土を求め、ここへ集まってくる。



「……ここ、が」



レティアは驚きのあまり、無意識に馬車の窓から身を乗り出した。

ずっと砂と岩ばかりの景色であったのに、突然煌びやかな都市が見えたからだ。


ベル・ザラムは、周囲の砂漠より一段低い地にあった。

都市に繋がる石畳の道は、四方へ延びている。

ベルザラムに近付くほど、道はさらに整備され、馬車の揺れが小さくなった。


都市の中心にあるオアシスは、遠目から見ても美しい。

そのオアシスの傍にある大きな建物も、非常に豪壮で、都市を飾り立てていた。



「レティア様、危ないですよっと」



身を乗り出すレティアの肩を、兵士の声が叩いた。

レティアは振り返る。

するとわずかに体勢を崩した。

慌てた兵士が、レティアの身体を支える。



「……ご、ごめん、なさ」


「ほおら、危ないって言ったのに。気を付けないと」


「……は、はい、ラスタ様」



レティアは頭を下げ、馬車の奥へ身を引く。

ラスタと呼ばれた兵士が小さく笑い、レティアの馬車の窓に手をかけた。

そうして、レティアの馬車の中からひとつ、氷片を取る。

ラスタは、レティアの馬車から氷片を取った最初の兵士だ。



「様は要らないんですよって。ラスタって呼んでくださいよ」


「……ラスタ、さん」


「うーん、まあ、それでもいっかあ!」



ラスタがにかりと笑う。

手に取った氷片を咥え、レティアの馬車から離れた。

離れてすぐ、ラスタが別の兵士に怒鳴られているのが見えた。

どうやら日に何度もレティアの馬車へ近付いたことを叱られたらしい。

しかし叱られても動じないラスタが、叱られている最中、レティアに向かって手を振ってきた。

レティアは驚いて手を少し上げたが、手を振り返すことができず、窓から少し身を離した。



レティアを乗せた馬車がベル・ザラムの都市部に入ると、歓声がひびき上がった。

凍りついた馬車が、冷気をまき散らして大通りを駆け抜けていくからである。

暑く乾いた熱が蝕んでいる、ベル・ザラム。

レティアの馬車の存在は、清涼な風よりも尊いものであった。


しかし馬車の中にいるレティアは、人々の声を好意的に感じ取っていなかった。

奇異を見る声に、懐かしさと息苦しさを覚えていた。



(……やっぱり、ここでも、見世物として……生きるんだ)



人々の声が、見世物小屋で聞いてきた声と、重なる。

場所が変わっても、変わらない日常が待っているのだ。

美しい都市に来たところで、レティアの呪いに変化があったわけではないのだから。


氷像となった見世物小屋の使用人の顔が、脳裏に蘇る。

どこへ行っても、変わらない。

この呪いからは逃げられない。

それなら、見世物小屋にいたほうが良かったのではないか。

レティアは痩せこけた自らの身体を見て、唇を結んだ。


もちろん見世物小屋には、良い未来など無かった。

しかし何をすれば生きられるのか、ある程度は分かっていた。



(……ここでは、どうすれば、いいの?)



何も分からない、別の世界。

何故か優しくしてくれるグイラムやラスタがいても、安心には繋がらない。

揺れが小さくなった馬車の中で、レティアは小さく震えた。

地に足が付いていない感覚。

どのようにしていれば、命を繋げることができるのか。

長く長く考えても、レティアにはまったく分からなかった。



「レティア様」



馬車の外で、声が鳴った。

いつの間にか歩みを止めていた馬車。

グイラムが馬車の扉を開け、恭しく頭を下げる。



「レティア様、長い旅となりましたが、着きました」



グイラムがレティアに手を差し伸べる。

レティアは恐る恐るグイラムの手を取り、馬車を降りた。



「……ここから、どこへ」



レティアは辺りを見回した。

眼前には、煌びやかな建造物。

オアシスの傍に建てられていた、あの豪壮な建物だ。

見世物小屋の何百倍、いや、何千倍あるだろう。


煌びやかなのは、建物だけではない。

レティアの馬車を迎えるように、多くの人々が色とりどりの衣服を纏っていた。

奴隷同然の生活を送ってきたレティアの衣服とは、まるで違う。

目の前の人々の衣服に比べれば、レティアの服は服ではない。ただのぼろきれだ。



「あちらの王宮へ参ります。レティア様」



気圧されているレティアに、グイラムが優しく声をかけた。

しかし、レティアの緊張は拭いきれない。



「……王宮? って、なんですか?」


「とても偉い人、王様がいらっしゃる建物です」


「……王様は、前のご主人よりも……偉いですか?」


「そうです。その方が、レティア様をお待ちしています」



グイラムがそう言って、控えていた一人を手招きした。

呼ばれた者がグイラムに駆け寄り、跪いた。

跪いた者にグイラムが、「先を進んで案内してください」と言う。

「畏まりました」と頭を垂れた者が、レティアとグイラムの前を歩きだした。



「あの者に付いて行きます。宜しいですか?」


「……はい」



レティアは頷き、王宮に向かって歩きだす。

不安で震えるレティアの隣を、グイラムがゆっくりと歩いてくれた。

その歩みに、レティアはようやく、緊張をほんの少し緩めた。


このベル・ザラムに着くまでの数十日。

どんな理由があってかは分からないが、グイラムはずっと優しくしてくれた。

グイラムだけは、ほんの少し信用できる気がした。



王宮は広く、厳かであった。

多くの部屋があり、多くの人々がいるのに、街の中とはどこか違う。

生活感のない空間。

神様でも住んでいるのではないかと、レティアは思った。


塵ひとつ落ちていない廊下を歩いていく。

その最中。ここそこで声が聞こえてきた。

誰もがレティアを覗き見ていた。

みすぼらしいから見ているのか。それとも冷気を放っているからか。

いずれにせよ、歩き進むほどにレティアの心は重くなっていった。



「こちらです」



大きな扉を前にして、案内してくれた者が直立して言った。

その大扉は、大人の三倍ほどの高さがあった。

レティアとグイラムが扉の前に立つと、四人がかりで大扉が開かれていった。


扉の先の部屋に、老いた男が一人立っていた。

老いた男は、レティアの姿を見るや、ぱっと表情を明るくさせた。



「よく来た。レティア嬢」



老いた男が両腕を広げ、大きな声を鳴らした。

レティアは戸惑い、立ち止まる。

隣にいたグイラムが、「あの方が王様です」と教えてくれた。


老いた男が王様と知り、レティアは慌てて両膝を床に突いた。

両手のひらを握り合わせ、深く頭を下げる。

「偉い人間にはそうするんだ」

見世物小屋の主人が教えてくれた通り、レティアは王様に礼を捧げた。



「いや、いや。よい、よい。顔を上げなさい」



レティアの行動に、王様がひどく慌てた。

まるで悪いことをさせてしまったと言わんばかり。

急いでレティアに駆け寄り、レティアの手を取った。



「この後は、そのようにせずともよい」


「……王様は、偉い方、だと聞きました」


「グイラムがそう言ったのだな? 間違いではないが、レティア嬢がそのようにする必要はないのだ」



そう言った王様が、レティアを立ち上がらせる。

レティアは驚きつつも、どのように返事をすればいいか分からなかった。

自分はなにかを間違ってしまったのか。

どうすれば良かったのか。

心の内が窮屈になり、逃げ場を探す。



「……私は、これから、どこへ行けば……いいですか」



レティアは自らが居るべき場所、牢屋までの道を尋ねた。

逃げたいという思いだけではない。

何の知識がなくとも、この場に長く留まってはならない。ということは分かる。

今も変わらず、レティアの身体から冷気が溢れ出ているからだ。

長く留まれば、この部屋だけでなく、レティアの手を取る王様の身体まで凍らせてしまうだろう。



「ん? ああ、今日はレティア嬢の顔が見たかっただけなのだ。誠に申し訳ない。レティア嬢には少し休んでいただこうと思っておった。長旅で疲れたであろう?」


「……いえ、疲れていません」


「いやいや、まさか。疲れたに決まっておる。グイラムよ、そなたはどうなのだ?」


「非常に疲れています、王陛下。ですから休息の時間をいただけると。レティア様。宜しければ私の休息にお付き合いいただけませんか?」


「……はい」


「ありがとうございます、レティア様。それでは急いでレティア様の侍女を呼びましょう。用意しておいた部屋に案内いたします」



グイラムが恭しく頭を垂れる。

レティアはグイラムに連れられて、王様がいた部屋を後にした。

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