表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/12

強欲

見世物小屋を出て、十日。

レティアを乗せた馬車は、未だ旅の途中。



「不便なことはありませんか? レティア様」



褐色肌の男が、馬車の外から声をかけてくれた。

レティアは首を横に振って答える。



「……何の不足もないです、グイラム様」


「それは良かった」



グイラムと呼ばれた褐色肌の男が、レティアに笑顔を見せた。

そうして、傍に控えていた男に声をかける。

レティアのための料理を馬車へ運ぶよう、短く指示をした。



すでに夕暮れ。

旅の一行は野宿の準備をしている。


野宿の間は、レティアの傍にはずっとグイラムがいた。

細かいところまでレティアを気遣い、こうして優しくしてくれる。

しかしレティアは、グイラムの優しさにどう応えればいいか分からなかった。

グイラムに対してだけではない。

レティアの馬車の御者にも、護衛の兵士たちに対しても同様であった。



「……グイラム様、その……砂漠というのは、どういったところですか」



料理を待つ中、レティアはぽつりとこぼした。

見世物小屋と牢屋以外の世界を知らないからである。



「四方すべて、砂と岩だけの地域です。レティア様」


「……砂と、岩」


「その只中にオアシス……いえ、非常に大きな水たまりがあります。その水たまりを囲うように、私たちの都があるのです」


「……水たまり、ですか」


「ええ。とても綺麗な水たまりです。きっと気に入っていただけます」



グイラムが微笑む。

その笑顔を見て、綺麗だなとレティアは思った。

見世物小屋で見てきた笑顔とは、少し違う。

どことなく、ほっとする。


心が微かに緩んだところへ、レティアのための料理が届いた。

パンと、具の多いスープ。そして果物。

凍りついたレティアの馬車の中へ運ばれる。


レティアはそれらを早々に平らげた。

味わう暇はほとんどない。

時間が経つとすぐに、すべて凍ってしまうからだ。



「……ありがとうございます」



早々に食事を終え、レティアは礼を伝える。

グイラムと、料理を運んできた男が少し寂しそうな顔をした。



「都に着いたら、凍らない料理をご用意します。レティア様」



そう言ったグイラムが、ナプキンでレティアの口を拭う。

レティアは頬を赤らめ、小声で礼を言った。


やがて夜が更け、静寂が野に降りる。

焚火の音が、人の息遣いよりもよくひびきはじめる。

レティアは馬車の中で、火の心地よい音を聞いていた。

小さく爆ぜる音が届くたび、心の内のよどみが消えていく。

よどみが消えるたび、ふわりとした空気が身を包み、眠気を呼ぶ。



(……あ、れ?)



微睡みに落ちる直前。

レティアは首を傾げ、目を開いた。


焚火の音よりも、はるか遠く。

別の気配が揺れた気がした。

その気配は、懐かしい。

見世物小屋に満ちていた、強欲の臭いを孕んでいた。



(……い、や)



レティアは身を震わせ、馬車の外を覗く。

すると、レティアの馬車の傍で休んでいたグイラムがレティアに気付いた。



「どうかしましたか?」


「……あ、の……え、その」


「レティア様?」


「……あ、そこ……に」



怪訝な表情を見せるグイラムに、レティアは怯える。

しかしぐっと堪えた。

唇を強く結び、強欲の気配がする方向を指差す。


瞬間。鋭い金属音が複数鳴った。

焚火の向こう側。十数の人影。

人影の手には、殺気に満ちた刃が火の光を受けている。



「襲撃だ!」



グイラムが叫んだ。

同時に抜剣し、レティアを守るようにして剣を構える。


レティアは恐怖のあまり、その場で硬直した。

身を隠すこともできす、馬車の窓から顔を出したまま、固まった。

グイラムが「頭を下げてください」と言いつづけていた。

それでもレティアは動けなかった。



「慌てるな! 数は多いが、ただの盗賊だ!」



グイラムの声に、護衛の兵士たちが落ち着きを取り戻す。

徐々に近づいてくる盗賊たち。

すでに顔が見える距離まで迫っていた。

そのうちのひとり。見覚えのある顔。



「……あ、ああ」



レティアは震え、馬車の窓から一歩離れた。

あの顔は間違いない。

見世物小屋の、使用人だ。



「金だけ受け取って、レティア様を奪い返しにきたのか!?」



使用人に気付いたグイラムが睨む。

すると使用人が歪んだ笑みを見せた。



「俺あ、ご主人みたいに割り切っちゃいねえ」


「なに?」


「ご主人が手放したんなら、俺がレティアを貰うってことだ!」


「物ではないぞ、レティア様は」


「物だろうが! 少なくともそいつは人間じゃねえ!」


「……下衆が」



グイラムが声を吐き捨てる。

剣を握り締め、切っ先を使用人に向けた。

それを合図に、護衛の兵士たちが盗賊たちに斬りかかった。

負けじと盗賊たちも剣を振る。


激しい戦いは、長くつづかなかった。

盗賊が徐々に押され、ひとり、ふたりと倒れていく。



「……っく、クソが!」



苛立った使用人が、剣を大きく振った。

相対していたグイラムと兵士たちが、使用人からわずかに距離を取る。

瞬間。使用人が駆けた。

駆ける先に、馬車。

馬車の中には、震えて固まっていたレティアの姿。



「しまった!」



焦ったグイラムが使用人を追う。

しかし寸でで間に合わなかった。


使用人が馬車の扉を開け放つ。

あまりに出来事に、馬車の中のレティアは思考が停止した。

ただただ怖いと。半歩下がる。



「俺と行くんだ、レティア」


「……あ、い、いや」


「来い!!」



使用人が怒鳴り、剣をレティアに向けた。


直後。光が舞った。

震えるレティアから、光を受けた呪いの氷が噴きだす。



「な、あ!? なな、が、ああ!?」



使用人が潰れるような悲鳴をあげた。

自らの剣と、腕を見て、叫ぶ。

レティアから噴き出した氷が、使用人の剣と腕を凍らせていた。



「な、がっ、うっ、く、クソ!! レティア!!」



使用人がその場で暴れだす。

しかしすぐに、ほとんど動かなくなった。

腕だけでなく、両足も凍りついたのだ。



「レ、ティア……! てめえ!!」



使用人がレティアを睨む。

その間も、徐々に身体が凍っていく。



「……レティア! 逃げられねえ、ぞ!」


「……っ」


「どこへ行っても、変わら、ねえ! ッハハ! 俺たちに飼われてりゃ良かったって、いつか! 喚く、だろうぜ!! クッハハハッ!! ハハ……ハ……ハ……」



凍りゆく使用人の笑い声が、消えていく。

顔が凍りつき、瞬きひとつ出来なくなる。

やがて全身が凍り、使用人は氷の彫像と化した。

彫像を前にして、レティアはただただ呆然としていた。



「ご無事ですか、レティア様!」



駆けつけたグイラムが、氷の彫像を押しのけた。

すると使用人だった氷の彫像が砕け、霧散した。


消えた使用人の代わりに現れた、グイラム。

レティアの肩を抱き、無事かどうかを確かめた。

その手の感触に、レティアはほっとする。

同時に、全身から力が抜け、崩れ落ちた。


グイラムの腕が、力強くレティアの身体を支える。

その腕の感触にも、レティアは安堵した。

呪いの冷気がグイラムの身体を侵していると分かっていても、その安堵の下、レティアの意識は溶け消えるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ