温か
氷の向こう側で、瞳が動いている。
魅入るように、魅入られたように。
レティアから溢れ出る冷気は、その日によって強さが違っていた。
たった一日で、氷が室内を埋め尽くす日もあれば、床が凍るだけの日もある。
レティアの気分によって左右されるのか。
そう思われてしまった時もあったが、レティアは違うと答えた。
「……呪いを、操ることは、出来ま、せん」
それが出来ていれば、見世物小屋の主人がレティアを手放すことはなかったろう。
鞭で叩かれても、氷が多く出てくることはなかった。
試しに贅沢な生活を送らされることもあったが、冷気に変化はなかった。
だからこそ、奴隷のような生活がつづいていた。
「しかし、あの見世物小屋の使用人は……一気に凍りついた」
レティアの部屋の外で、グイラムが首を傾げて言った。
たしかにと、ラスタが頷く。
レティアを取り戻そうと、盗賊と共に襲いかかってきた見世物小屋の使用人。
彼は瞬く間に凍りつき、砕け散った。
グイラムたちは、あの時よりも長い時間、レティアの傍にいることがある。
しかし冷気を感じて震えることはあっても、凍りつくことはなかった。
「まったく制御できないわけではないのだろう」
「……制御させるんですか? レティアに?」
「いいや。可能だとしても、今は絶対にさせない。お前もそんなことはさせるな。もしもそんな輩がレティア様へ近付いたら必ず追い返せ」
「分かってますって」
「……あと、部屋の外ではレティア『様』と言うように。次はないぞ」
「き、気を付けますって」
「……まったく」
グイラムがラスタの頭をとんと叩く。
ラスタが申し訳なさそうに頭を下げた。
ラスタが部屋の中に戻ってくると、レティアは素早く顔を上げた。
急いでラスタの傍へ駆け寄り、目を細めて彼の顔を覗く。
部屋の外でグイラムに叱られたのではないかと、心配していたからだ。
ラスタが「なにも怒られてはいないって」と言うと、レティアはほっとして頬を緩ませた。
「ところでレティアは、なにをやってんだ?」
ラスタが首を傾げて言った。
レティアが座っていた椅子の前には、カップが置かれていた。
カップには茶が注がれていて、湯気が立っている。
カップの中を覗いてみると、カップの底には温石が沈んでいた。
「……あ、の、温かい、飲み物を、飲む……練習です」
「レティアは猫舌なのか?」
「……猫舌?」
「熱いものが飲めない奴のことをそう言うんだよ」
ラスタが笑って、「俺の父もそうだったぜ」と告げた。
レティアは「そうかもしれません」と答えたが、内心では違うだろうと思った。
熱いものが飲食できないのは、身体が奥底まで冷え切っているからだ。
冷めた身体に熱いものを流し込めば、違和感を覚えないはずがない。
とすれば、事前に身体を温めておけば大丈夫なのだろうか。
レティアは数瞬考えたが、やめた。
呪われたこの身体を温めることなど、出来るはずもないのだから。
「レティア。こういうことは、ゆっくりやっていけばいいんだぜ」
熱い茶を睨むレティアの傍に、ラスタが寄ってきた。
そうして、レティアから茶の入ったカップを取り上げる。
「ちなみに俺は、熱い茶の良さが分からない。苦手なんだ」
「……苦手、ですか」
「だってこの国は暑いんだぜ。暑いのに熱い茶を飲むなんてどうかしてる。冷たい茶を飲むほうが良いに決まってるだろ?」
「……そう、なのですか」
「そうなの。まあ、だからさ。苦手なものは誰にでもあるってこと。急がなくたっていいんだぜ」
ラスタがそう言って、熱い茶が入ったカップをテーブルに置いた。
レティアはどうするべきか迷った。
本当に今、練習しなくてもいいのかと。
するとアルトが頷いて、「もちろん少しずつで構いません」と言ってくれた。
レティアはほっとして、アルトとラスタに頭を下げた。
「……あ、ありがとうございます」
レティアは小さく言う。
ラスタがレティアに笑顔を見せ、とんと頭を撫でてくれた。
その手は、分厚く、温かかった。
レティアには家族がいなかったが、家族とはこういうものなのかと思った。
見世物小屋を訪れていた客たちの中には、当然家族連れもいた。
小さな子供の隣には、父や母、兄や姉がいた。
子供は彼らに甘え、彼らは子供を甘やかしているように見えた。
それらはとても温かで、手が届かない陽のようであった。
ラスタやアルトは、まさにそうした存在ではないかとレティアは思った。
温かで、優しくしてくれる。最近ではレティアも彼らに甘えてしまう。
その緩みが伝わったのか。
アルトとテラも、レティアの頭を撫でてくれた。




