ラスタ
「おう! レティア!」
ある日の夕刻。ラスタが訪ねてきた。
ラスタの後ろにはグイラムもいた。
グイラムが不敬なラスタをすぐさま叱り、頭を叩いた。
「っ痛え……、あ、え、えっと、レティア、様。でした!」
「そうだ。無礼は許さんぞ」
力強い目でグイラムがラスタを睨む。
ラスタは数瞬委縮したが、すぐにレティアの傍へ駆け寄った。
レティアは立ち上がり、ラスタとグイラムに向かって深く礼をした。
「……こんにちは、ラスタさん」
「おう、! あ、いや。こんにちは、レティア様! 顔を見に来たぜ、じゃなくて、会いに来ましたよ?」
「……あ、ありがとうございます」
「へへ。今日は少し顔色がいいな」
「……良いですか? 顔色?」
「旅の間は土色だったからなあ。心配してたんだぜ。……あ、いや、してましたよ? はは!」
「……おい、ラスタ。追い出すぞ」
ふざけるラスタに、グイラムが顔を強くしかめた。
ラスタがはっとしてグイラムに振り返る。
申し訳なさそうに頭を下げたラスタの表情が、再び委縮した。
ラスタの表情の変化を見たレティアは、ぞくりとした。
奔放ではあるが温かなラスタが、どこかへ消えてしまいそうな気がして恐ろしくなった。
レティアはグイラムの顔を窺いつつ、ラスタの傍へそっと歩み寄った。
「……あ、あの」
ラスタの傍で、レティアが俯いた。
グイラムが顔をしかめたまま、首を傾げる。
「レティア様?」
しかめた顔から、グイラムの声が落ちた。
その声の強さに、レティアは肩を震わせた。
しかし、どうしてか。退こうとは思えなかった。
委縮したラスタの表情が、弱々しいレティアの口を開かせた。
「……ラ、ラスタさんを」
「ラスタ、を?」
「……ラ、スタ、さんを、し、叱らないで、ください」
「しかし」
「……お、お、お願い、します」
レティアは俯き、震えながらも、声を絞りだした。
すべてを言葉にした直後、レティアはその場で嘔吐した。
眩暈がする。
想いに押され、唐突に、なんと烏滸がましいことを言ったのか。
自己嫌悪で、レティアは吐き気を抑えられなかった。
とはいえ言わずに過ごしても自らに嫌気がさしたことだろう、とも思った。
レティアは自らの凍った吐瀉物を見下ろし、ぐっと唇を噛み締めた。
静まりかえったその場で、最初に動きだしたのはアルトであった。
レティアの想いを察したアルトが、すぐさまグイラムの傍へ寄った。
驚いたグイラムが半歩退く。
逃すまいと、アルトがグイラムに詰め寄り、叱るように彼の袖を掴んだ。
やがてレティアの想いを知ったグイラムが項垂れた。
反省の色を滲ませ、レティアに跪く。
「大変失礼しました、レティア様」
グイラムが跪いたまま言うと、ラスタもグイラムに倣い、慌てて跪いた。
「……え、あ、あの」
「ラスタの無礼をお許しいただき、感謝します」
「……ぶ、無礼、なんて」
レティアは膝を突き、頭を横に振った。
無礼などと、思いもしない。
むしろ誰よりも礼を知らないのは、自分の方なのだ。
誰と、どのようにして接すればいいのか。
なにひとつ分からず、ここにいる。
だからこそ、こうして唇を噛み締めている。
戸惑うレティアに、グイラムが目を細めた。
間を置いて、数瞬、ラスタに視線を向ける。
ラスタが、戸惑うレティアを心配して、そわそわとしていた。
まるで幼い妹を気遣う兄のように。
その姿を見て、グイラムが小さく息を吐いた。




