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聖夜のお子様ランチ

作者: 阿久根想一

    1


 いつものように右手一本でパソコンを起動させ、さてどうやって午前中の時間をつぶそうか考えていたところへ部下で後輩で雑用係の村上椿がコーヒーを持ってやって来た。

「リリーさん」

「あんたにはあげないよ」

 私は机の引き出しをピシャリと閉めて言ってやった。私、リリーさんこと鬼塚百合子の机の引き出しにはデパ地下で買ってきた高級ブランドのチョコレートが入っており、椿のヤツはそれを狙っているのだ。

「あんたにはスーパーの特売チョコで十分よ」

「そりゃ分かってますけどね」

 切り揃えた前髪、色白で目鼻立ちが整っていて―。口惜しいが、椿のヤツは黙ってさえいればなかなかの美人である。そう、黙っていれば―。

「リリーさん。もうすぐ年末、忘年会の時期ですよね」

「それがどうしたの?どうせまた二次会のカラオケでアニソンを歌いまくろうって魂胆でしょ」

「ええ、まあ―」

「前にも言ったわよね。あんたのアニソン聴かされる方の身にもなってみなさいって」

 椿のヤツは下戸で音痴でリズム感ゼロである。

「へへっ、それはまあ大目に見てもらうとして」

「できないわね、そんな事」

 私はピシャリとはねつけてやった。

「そんなぁ、いいじゃないですか。どうせハロウィンも一人で過ごしたんでしょ」

「椿……。言ってくれるじゃない」

 私はゆっくりと机の下から爪を研いだばかりの右手を机の上に置いた。

「口は禍の元っていつも言ってるわよねぇ」

 椿に避ける隙を与えず、右手を奴の額に食い込ませた。

 椿の悲鳴が朝のオフィスに響き渡る。他の社員は皆慣れっこになっている為知らん顔だ。

「ちょっとおいで」

 私は椿を呼びつけると、昨日の仕事のミスをほじくり返し始めた。

 私の午前中の日課である。私の小言が終わると、椿のヤツはおとなしく机に戻りパソコンに向かい始めた。

 その粗探しは午後に回すとして、私もパソコンに向き直る。

 あちこちで電話が鳴りだし、オフィスはいつもの慌ただしさを取り戻しつつあった。


     2


 私の部下であり後輩であり雑用係である村上椿は黙ってさえいれば美人である。―そう、黙ってさえいれば。


「ねえ、あんたって本当にどこへ行っても同じものを頼むのね」

 椿は仕事に関していえば?マークがいくつも付くが、新しく開店したレストランやカラオケの情報をキャッチしてくるのだけは早い。唯一の取り柄だ。

「たまにはお子様ランチ以外の物も頼んだら?」

 その日椿に連れていかれたのは洒落たビルの5階にあるレストランだったが、椿が注文したのはいつもと同じお子様ランチだった。

 店内にはクリスマスツリ―とフライドチキンのチェーン店に置かれているようなサンタクロースの人形が置かれている。

「まあまあそうおっしゃらずに。ここのお子様ランチは他の店のとは違うんですよ」

「どこが?」

「例えばですね、このタコさんウインナーは塩と胡椒以外にもケチャップがかかっていますし、チキンライスにも玉ねぎ以外にもグリーンピースとコーンが入っています」

「ポタージュスープにはベーコンが入ってますし、うさちゃんリンゴにだってほら」

 なるほど、どうやったのか知らないが、ちゃんと二つの眼が付いている。

「ふーん、好きにすれば」

「冷たいなあ」

 そう言いながらも奴はリンゴを一口で飲み込み、そしてむせた。

「ほーら、言わんこっちゃない」

 私はテーブルの下の椿の足を蹴り飛ばしてやった。しかし、奴は応えた様子も無く―

「クリスマスツリーにサンタクロース人形か。もうすぐクリスマスですねえ。もっとも私とリリーさんの二人には関係ありませんけど」

「一言多い」

私はピンヒールで奴の足を思いっきり踏みつけた。

「さっ、食べたらさっさと会社に戻るよ!午後も仕事が沢山あるんだから」

 デザートのケーキを食べ終えた私は、ゼリーのチェリーの茎を口から垂らした椿を小突きながらレジに向かった。

 すると、窓際の席に座っていた女性が、スッと立ち上がると私たちの方に優雅な足取りで歩いてきた。長身で彫りの深い顔、優雅な雰囲気。まるでファッションモデルだ。

 その女性は優雅な足取りで勘定を払おうとしていた私に近付いた。そして耳元で囁いた。

「イライラしたりカリカリすると身体によくありませんよ」

 そこで言葉を切ると—

「それからダイエットにも……」

 そう言い残すと支払いを済ませ店を出ていった。

 言葉も出ず立ちつくす私の横で椿が—

「ダイエットか……。へへっ、私には縁がないですね。なんせこのスタイルでずっとキープしてますから」

「椿—」

「少しは周りに気を使いなさいっていつも言ってるわよねえ」

 ヤツの足をもう一度ピンヒールで踏みつけてやると、チェリーをくわえたまま飛び上がった。

(それにしてもあの人、どこかで見たような……)

 階段を下りる彼女の後姿を見ながら、私はふとそんな事を考えた。

 そして足を擦る椿の手を引っ張りながら店を出た。

「ダイエットか……」

 尚も言い募る椿に—

「あんたには言う資格がないわよ!アンタみたいなのチビ寸胴っていうの!」

 私はもう一度椿の足を踏みつけた。


     3


 翌朝、昨日と同じ店で―

「何で毎日あんたと一緒にお昼食べなきゃならないのよ!」

 とぶつぶつ言いながら椿と二人で食べていると、奥の席に座って世間話に花を咲かせていた金のかかった身なりの中年の女性のグループが席を立ってこちらにやって来た。

(へぇ~、お金持ってるのね)

 などと考えていると、レジで支払いを行っている彼女たちに音も立てずに人影が近付いてきた。

ファッションモデルと見間違うばかりの長身と美貌、優雅な身のこなし。間違いない機能の彼女だ。

 彼女は優雅な足取りで女性グループに近付くと、小さい、しかしはっきりした声でー

「ファッションは自分に会ったものを選びませんと。他の方も見てらっしゃいますよ。」

 と言い残し、あ然としている彼女たちを尻目に、さっさと店を出て行った。

「なるほど。言えてる―」

 感心して頷く椿のおでこを、私は人差し指で弾いてやった。

「しっ、聞こえたらどうするのさ。空気を読めっていつも言ってるでしょ」

 私に言われても椿のヤツはすっとぼけた顔をしている。カエルのつらにしょんベントはこのことを言うのだろう。

「リリーさん」

「もういい、もういい。あんたに言った私がバカだった。」

 こいつ、会社に戻ったらまたミスをほじくり返してやろうと思いながら、椿の手を引っ張るようにして私たちもレジに向かう。

「最初がこっち。そして次がこっちか―」

「キョロキョロするんじゃないよ!恥ずかしい」

 キョロキョロする椿のおでこを私はもう一度弾いてやった。

「痛っ」

「会社に戻ったらまた仕事がたくさん残ってるんだからね!」

 顔をしかめる椿の手を引きながら私は、椿のヤツはキョロキョロと何を眺めていたのだろうと、ふと気になった。



    4


「ねえちょっと」

「はい?」

「毎日毎日同じものばっかり食べて良く平気でいられるわね」

 お子様ランチのプレートの上で幸福そうな顔をしている椿に皮肉たっぷりに言ってやったが、どうやら椿には通じなかったようだ。

「そうおっしゃりますけどね、これでもいろいろなバリエーションがあるんですよ。今日のチキンライスにはグリーンピースとコーンが入ってますし、ハンバーグには人参とブロッコリーの付け合わせが付いています。タコさんウインナーはカレー味ですし、デザートのゼリーに、なんとチェリーばかりかパインまで入っています」

「もういい。あんたに言った私がバカだった」

「ところでリリーさん」

 椿は店内をキョロキョロしながら

「このお店、クリスマスが近いせいかカップルが多いですねー。まっ、私やリリーさんには関係ないですけど」

「それ、嫌味」と言いながら私はテーブルの下で自分のピンヒールとヤツの足との間合を確認した。ヤツの方もそれを察したらしく、足を引っ込め腰を浮かせ、すぐに逃げられる態勢をとる。最近少しは学習したようだ。

「それでですねリリーさん」

「何?」

「この前、あのモデルみたいな彼女が来た時あちらからでした」

「それで……」

「あのサンタクロースの人形は右を向いていました」

「それで?」

「昨日中年女性のグループの時には彼女はあちら側から来て、そしてサンタクロースの人形は左を向いていました」

 椿の奴は肝心なことはまるで気が付かないが、どうでもいいようなことにはよく気が回る。今どうやらその頭が回転を始めたようだった。

「そして今日、サンタクロースは窓の方を向いています。さて、サンタの顔の先、窓の向こうには何があるでしょう?」

 なぜかいつもと違う椿の言葉に惹かれるように二人で窓際に立った。

「ほら、あそこ」

 椿が窓の外を指差した。椿の指の先には半円型の建物があった。その中央のジャングルジムやシーソーが置かれた平らな場所は運動場だろうか。目を凝らすと豆粒みたいな子供たちの姿が見えた。

「幼稚園か保育園ですね。そして、リリーさんあそこ。」

 椿の指の先にあるものは、クリスマスツリ―。

「あそこもクリスマスですね。」

「椿、あんた―」

私はいつも私にしかられてばかりいる部下で後輩で雑用係の顔を見た。切り揃えられた前髪、色白で整った顔立ち。普段の仕事ぶりに、「?」がいくつも付く椿の事を少し見直した。やはりこいつは黙ってさえいれば美人だ。

「ちょっと椿、どこ行くの」

 レジで支払いは済ませた筈なのに椿の奴が店内に戻ろうとしている。

「あんた何してるのよ」

「いや、ちょっと、ゼリーのパインまだ食べてないんで今からちょっと」

 見直したりするんじゃなかった―。

「みっともない事はよしなさいっていつも言ってるわよねぇ」

 私は椿の耳たぶを掴んで引っ張ると、そのままみせのそとにひっぱりだした。

 レーザービームが飛び交いミラーボールが回る店内で、私はテーブルに頬杖をついていた。場所は忘年会の二次会で流れ着いたカラオケ店。先程から調子っぱずれのアニソンで自分の世界に行ったきりなのは、むろん椿だ。

(連れてくるんじゃなかった。)

 と、後悔してももう遅い。テンションの高くなった椿が次の曲を歌い出した―。

「あいつ、どうしてくれようか」

 リベンジを誓いつつ、私はグラスをあおった。

 ステージ上では、サワー一杯で顔を真っ赤にした椿が次の曲を歌い出したようだった。

(誰か何とかしてくれ)

 私は泣き出したくなった。


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