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消える本屋さん。

作者: 梶野カメムシ
掲載日:2023/03/02


うちの前の小さな本屋さんは、奇妙な店だ。

雑誌がない。新刊もない。なのに繁盛してる。

でも一番奇妙なのは、時々、お客さんが消えること。

近所のぼくは、何度も目撃して、知っている。


立ち読みするお客さんが、音もなく消えてしまう。

戻ってくるのは何分か後。人によって違う。

同じなのは、みな興奮して、カウンターへ向かうこと。

この不思議な現象に、誰も気付いていないらしい。


ある日、ぼくは勇気を出して、店長にきいてみた。


「よく見てるな、坊主。

 あれはこの店にかかった(まじな)いだよ」


「この店の本は、全ておれが厳選したものだ。

 お客さんにはじっくり読んでもらいたい。

 だが狭い店だ。長居されても他の客の迷惑になる」


「だから、先代は店に魔法をかけてもらった。

 本に夢中の間、この世から消える(まじな)いさ。

 人は心から感動すると、時も場所も越えちまう。

 その力を応用してるんだとさ」


「ぼくも消えられるかな、って?

 本には相性ってもんがあるからな。

 まあ、この店に通えば、いずれ見つかるだろうさ。

 人生が変わるくらいの、運命の一冊ってやつがな」


店長の言葉はウソじゃなかった。

その後、ぼくは運命の一冊に出会ったのだ。

それは小人になった少年が、ガチョウに乗って旅する話で。

気がつけば、店の外はまっくらになっていた。


足元がふわふわと落ち着かない。

初めて逆上がりができた時の、十倍くらい興奮してる。

すぐに続きを読みたいけど、もったいなくて本が(ひら)けない。

ぼくはいつのまにか、カウンターの前に立っていた。


「消えてたぞ、坊主」


まだぼんやりするぼくに、店長はくしゃりと笑った。



やがて時は過ぎ、僕は大人になった。

あの時の本屋はなくなったが、あの時の本はここにある。

仕事や家庭に疲れた僕を、ひとときの旅に連れ出してくれる。

再び、笑顔が浮かべられるように。


消えた本屋は、いつか戻ってくるだろうか?

その日が来るのを、僕は待ち続けている。


                        

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