消える本屋さん。
うちの前の小さな本屋さんは、奇妙な店だ。
雑誌がない。新刊もない。なのに繁盛してる。
でも一番奇妙なのは、時々、お客さんが消えること。
近所のぼくは、何度も目撃して、知っている。
立ち読みするお客さんが、音もなく消えてしまう。
戻ってくるのは何分か後。人によって違う。
同じなのは、みな興奮して、カウンターへ向かうこと。
この不思議な現象に、誰も気付いていないらしい。
ある日、ぼくは勇気を出して、店長にきいてみた。
「よく見てるな、坊主。
あれはこの店にかかった呪いだよ」
「この店の本は、全ておれが厳選したものだ。
お客さんにはじっくり読んでもらいたい。
だが狭い店だ。長居されても他の客の迷惑になる」
「だから、先代は店に魔法をかけてもらった。
本に夢中の間、この世から消える呪いさ。
人は心から感動すると、時も場所も越えちまう。
その力を応用してるんだとさ」
「ぼくも消えられるかな、って?
本には相性ってもんがあるからな。
まあ、この店に通えば、いずれ見つかるだろうさ。
人生が変わるくらいの、運命の一冊ってやつがな」
店長の言葉はウソじゃなかった。
その後、ぼくは運命の一冊に出会ったのだ。
それは小人になった少年が、ガチョウに乗って旅する話で。
気がつけば、店の外はまっくらになっていた。
足元がふわふわと落ち着かない。
初めて逆上がりができた時の、十倍くらい興奮してる。
すぐに続きを読みたいけど、もったいなくて本が開けない。
ぼくはいつのまにか、カウンターの前に立っていた。
「消えてたぞ、坊主」
まだぼんやりするぼくに、店長はくしゃりと笑った。
やがて時は過ぎ、僕は大人になった。
あの時の本屋はなくなったが、あの時の本はここにある。
仕事や家庭に疲れた僕を、ひとときの旅に連れ出してくれる。
再び、笑顔が浮かべられるように。
消えた本屋は、いつか戻ってくるだろうか?
その日が来るのを、僕は待ち続けている。




