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袋小路(2023/03/19 改編)

思わず瞬きを繰り返すシエスが、言葉の意味を理解していくと同時に、先程までの憂い顔の仮面は取り払われる。

不意を突かれることになったシエスは、困ったように頬を掻いた。


「いや、…ちょっとは同情というか…こう、何か抱きませんか?」


「逃げ出すお前と、権力を得ようと自分のために戦う者、主を守ろうと共に旅する竜の意思…何に心を傾けるかは、私が決める。それに、お前…本当は何を考えている?」


エメラルデラとシエスが出逢ってから僅かな時間であるが、その態度には一貫性がなかった。

好意的な言葉と、人の領域に容易(たやす)く踏み込む不遜な態度、他人を盾に使うために同情を得ようとする打算的な思考。

意思の不明は目的を見失わせ、その人物の正体も曖昧模糊(あいまいもこ)なものへと変えていく。


まるで、仮面をつけているかのようだ。


命を預ける旅になるならば、そんな正体不明の相手との行動は避けるべきであろうことは、流民の子供でも分かる。

エメラルデラはもう一度、口を開いた。


「二度は言わない。目的はなんだ?」


ストレートな物言いとエメラルデラの確かな観察力に、シエスの怜悧れいりな双眸が細めらていく。正に化けの皮が剥がれるといった具合に笑みが、広がっていった。


「いや、参りました…腹を割るっていうのは、どうも苦手なんですが…」


シエスがぼんやりと呟くと、先ほどの熱が幻であったかのように爬虫類を思わせる(ひど)く冷えた眼差しが、向けられる。感情のない眸に、背中に刃を押し付けられるのに似た、悪寒と恐れが走った。


「護衛して欲しい、というのは本音です。ヘルメティアが力を振るい続ければ、痕跡(こんせき)が残りますから。そうなれば追手には竜騎が差し向けられるでしょう。それを先ず避けたい」


世間話をするように、淡々と語りながらシエスはヘルメティアを抱き寄せる。熱を含んだその仕草が、彼の中心が誰なのかを物語っている。


「正直…私が誰に利用されようと、構わないんですけどね?()()ヘルメティアに集る薄汚い蛆には、我慢ならないんですよ。潰すのにもいい加減ね…飽きてしまいまして。帝国を抜け出してきちゃいました」


まるで、何でも無いことのように気安く語られる、不穏な動機。

そして、人の目も気に止めず、誰にも目もくれず、ただ一人にだけ注がれる熱の異常さ。

それを受け止めるヘルメティアも、尋常ならざるものがあった。


たじろぐエメラルデラに、気の抜けた表情でシエスは笑い掛ける。そして、今日の天気の話しでもするような気軽さで、要求を突き付けてくる。


「だからね、私達を逃がす手伝いをして下さい。エメラルデラさん」


どのような言葉を尽くしても、誰も止めることはできないであろう狂気が、その紅くぬらめく(まなこ)の奥に覗いた。否応なく巻き込まれていく感覚に、無駄な抵抗と知りながらエメラルデラは尋ね掛ける。


「…お前、同情を引くように語っておいて、最初から私に選ばせる気などなかったな?」


「脅されるより、自主的に助けた方がお互い気分が良いじゃないですか。親切心だったんですけどねぇ」


疑問を肯定され、エメラルデラは最後の活路を求めてヘルメティアに視線を走らせた。


「…ごめんなさい、エメラルデラ。あたしにも彼を止められないの。そしてシエスの意思はあたしの意志なのよ。だから、協力して頂戴。悪いようにはしないわ、絶対に」


微笑んだ彼女の表情は『諦めてくれ』と、そう物語っていた。

最早、何の疑問もなくなった今、エメラルデラに残されたのは逃げられぬ袋小路だけだ。


ここまでの事情を話した時点で…いや、シエスが本名を名乗った時点で、逃がす気はなかったのであろう。

シエスとしてはエメラルデラが承知すれば十善、しなくても旅に大きな支障はない。

そんなシエスからの提案を拒否すればどうなるか、エメラルデラの脳裏には氷塊となって砕けた男たちの姿が過った。


安易に彼らに近付いた後悔と、シエスの真意を疑わなくて良くなった妙な安堵のせいで、エメラルデラの胸中は複雑なものだった。


「また賊に襲われる事はあるでしょうが、貴方がいれば遅れを取ることはないでしょう。それに三人であれば、休むことも出来るはず。夜襲の心配のない夜営は、それだけで得難いものでは?」


答えを聞く前からこちらの返事の予想がついているのだろう、確信を持った笑みを向けるシエスに、エメラルデラは湧き上がる憤りを細い溜息と一緒に、外へと吐き出す。

これから共に旅をする相手に悪感情を抱いても、良いことは一つもないのだ。

それに、殺されることを考えると、それより随分マシだ。


「───…分かった。共に行こう」


十分な間を取ってから、エメラルデラは諦念の滲む返事を返した。


思わぬ旅の道連れを得えしまった主人を慰めるように、オダライアは嘴をエメラルデラの頬に擦り付けるのだった───

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