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亡命者 (旧タイトル道連れ)

エメラルデラは頭を殴られたような痛みと共に、眩暈を覚えて蟀谷を押さえた。


「まさか、本当に亡命者がいるなんて…」


聖地は、竜とその番いである騎士すべてを保護の対象としている。他国の法は()の地に(およ)ばず、絶対的な不可侵を約束することで、国同士の均衡が保たれているのだ。

聖地まで辿り着ければ、竜騎たちは自由を得られる。

ただし聖地への亡命は、困難を極めると噂されていた。無謀にも挑戦し、捕らえられたという竜騎の話しはエメラルデラの耳にも届いていた。

しかし、成功した人間がいるという話しはついぞ聞いたことがない。


だが今は、誰しもが聖地を目指す時だ。


神国、帝国共に各地で起こる民族の大移動。その整備と犯罪の抑止(よくし)に、多くの人員が割かれることとなる。警備が手薄となるこの時期は、まさに亡命するにはうってつけであった。

エメラルデラは頭痛を堪えながら視線を滑らせ、彼の背後に佇む女性…竜であるヘルメティアを一瞥(いちべつ)した。同時にエメラルデラの中でまた別の疑念が、頭を()たげる。


「…亡命だったとしても、共に向かう理由になっていない。襲撃されても彼女の力があるなら、私は必要ないだろう」


シエスの意図が何であるか分からないエメラルデラは、いつでも走り出せるようにオダライアの手綱を引く。

オダライアは主人に応えるよう、猛々しくその頭を持ち上げて、シエスへと挑むように鋭く鳴き声を上げた。猛禽独特の勇猛な姿に怯えもせず、シエスはまた一歩、エメラルデラへと距離を詰める。

夕暮れが迫り、闇を濃くする周囲の中でシエスの姿は、なお一層にくらく沈む。その奥に潜む紅玉の光沢は、憂いを帯びて艶やかに輝いていた。


「いいえ、必要なのです。私と彼女が無事に聖地へ辿り着くために、是非とも」


真摯に、穏やかに語るシエスの唇が、柔らかく弧を描く。双眸はエメラルデラを通り抜けて、遠い母国を思い細められていった。


「正直に申しますと…───私を御輿(みこし)として担ごうとする家臣から逃れてきたのです。兄の統治のお陰で、国内は平和を保てている…私の存在のせいで迷惑を掛けたくありません」


途切れ途切れに語られる言葉に含まれた、憐憫(れんびん)。罪悪感に苛まれ、揺らぐ眸が祈るように伏せられた。

捨てた国を思う心、家族に傾ける慕わしい感情が声に熱を帯びさせる。


「でも、殺されるのも貴族に抵抗するのも、恐ろしくて…逃げ出した私の我儘にヘルメティアは付き合ってくれているのです。巻き込んでしまった彼女を、私は…戦わせたくない。貴方なら、私達を守ってくれるかと…───」


悲哀を含む言葉の余韻が消える頃、再びシエスの目蓋を押し開けられると、紅玉の(ひとみ)がエメラルデラを映し出した。

そしてそこには、心底くだらないと言わんばかりのエメラルデラの表情があった。


「それで、私に盾になれということか…馬鹿馬鹿しい」


一刀両断、まさしくそんな言葉が相応しい言い方で、エメラルデラはシエスの願いを切り捨てた。

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