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過去③

エメラルデラの言葉に、ヴォルスは一瞬だけ言葉を途切れさせる。

その間も、捌く手は獣の腹の内側を暴いていった。


「…権能が使えねぇ、戦えねぇ。だから教育が必要だ、って建前でよ、心も身体もぼろぼろにされちまっててな。ヘルメティア以外、信頼しなくなっちまってたんだよ」


赤黒い血を滴らせる心臓が、ヴォルスの手によって獣の内側から切り離され、放り出される。


「そこに、行方知れずの兄がお仲間引き連れて帰って来たんだ。喜びもあったが、裏切られた…って気持ちも強くてな。そこから、坊はぶっ壊れちまってよ」


どちゃり、と湿った鈍い音を立てて地面に転がった肉はオダライアの嘴によって咥えられて、飲み込まれていった。


「若とヘルメティアのお陰である程度、立ち直ったが…、…まさか、あのシエスがあんなに懐いてるなんてなぁ。お前、何かしたのか?」


エメラルデラは緩やかに首を左右に振った。


「特別なことはしていない。ただ、一緒に居ただけだ」


オダライアの背中から手を離すと、エメラルデラは自分が捌くために吊るした山鳥の前に立ち。腰に下げたナイフの柄を握って、引き抜く。


「皇弟だって知ってたんだろ?」

「知らされた、の方が正しいが…一緒に居ることに、そんなことが関係あるのか?」


刃を突き立て躊躇なく裂いていけば、獣と同じように臓器が溢れ出た。

丹念に腑を分けると、期待に満ちた目を向けるオダライへ投げてやる。

放物線を描いた臓腑は地面に落ちる前にオダライアの嘴に咥えられて、そのまま飲み込まれていった。


結局こうやって、臓腑()オダライア()に食べられてしまうのだ。


確かに、過去はいつまでも腹の中に居座る。


だが、騙し討ちのような同行も、立場も、行いも。今のシエスとエメラルデラには、関係ないことだった。

結局エメラルデラにとってシエスは、身勝手でどうしようもなく執念深い、性格破綻を起こした男であり。


そして、エメラルデラにとっての初めての友。


それだけだ。

全てを聞き終えてなお泰然としたエメラルデラの姿に、ヴォルスの目は感心したように見張られてから、ゆっくりと細められる。


「…、…良い子だな、お前は」

「子供じゃないんだが」


心外だ。とばかりにエメラルデラは僅かに眉を潜めて、ヴォルスの顔を睨み上げた。


「俺からすりゃガキだ、ガキ」


エメラルデラの瞳に映るヴォルスの顔は皺を寄せて、笑っている。

その姿は磊落で、力強く。そしてどこか秘めやかで温かな思いが潜んでいた。


────ああ、この人は養父に似てるんだ。


エメラルデラの記憶の中にいるテオドールの顔と、ヴォルスの表情が重なった途端、胸に刺さったままであった違和感の棘が、不意に抜けた。


流民とは思えない知識を授けてくれた父と、父に似た男。

考え過ぎかとも思いながら、もしかしたら、という思いが拭えなくなる。


────もし二人に繋がりがあると知っても、少なくとも私は…過去に囚われないように受け入れよう。


一度腹を決めてしまえば、エメラルデラの思いが揺らぐことはなかった。


「さて、さっさと終わらせ帰らねぇとな。そろそろくたばる奴が出そうだぜ。」


ヴォルスが肩越しに聖地を振り返る。

時おり響く轟音は、未だに止まらずいよいよ激しさを増していた。

聖地に対する攻撃と見なされないか、そんな心配さえ頭を過るほどだ。

ヴォルスとエメラルデラは視線を交わすと、先ほどよりも手早く獲物を解体し、肉と毛皮、羽毛へと分けていくのだった。

※過去②の修正をしたら文章が長くなってしまったので、分割いたしました。


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