過去① (2023/03/14改編)
聖地の外へと再び踏み出すと、寒さが肌を舐めた。
雪はまだ振り出さず、その分冷え込んでいく空気が深々と外套の上に降り積もってくるようだ。
「冷えるな、早めに終わらせよう」
「おう」
エメラルデラの声に応じるのは、鉄板でできたような屈強さを感じさせるヴォルスだけだ。その肩には片腕で抱えるには大きすぎるスースが一匹。
エメラルデラの手には、オラトリオが仕留めた山鳥が抱えられていた。
そして隣を意気揚々と歩くのは、艶々とした黒い羽毛を誇るオダライアだ。
「オラトリオは大丈夫だろうか…」
エメラルデラが心配になるのも、無理はなかった。聖地からそう離れてはいないにしろ、森にまで悲鳴と怒号、そして鈍い轟音が響き渡ってくるのだ。思わず肩越しに振り返って、エメラルデラは足を止めてしまう。
「大丈夫だ。ヘルメティアは死ぬっつってたが、メルティスも加減は分かっちゃいる。多少浮かれてはいるが…、…それにヤバくなりゃ、坊がどうにかすんだろ。多分」
「もっとちゃんと言い切ってくれ。不安になる」
眉を歪めて見上げた先の壮年の男が、おかしそうに歯列を覗かせ豪快に笑えば、大きく武骨な手がバンッ、と強く背中を叩いた。
「はっはっ、まあ心配すんなよ」
勢いにつんのめるエメラルデラよりも先に、ゆったりと、大きな歩幅でヴォルスは歩いていく。
急遽メルティスによって決まった竜達の訓練、ヘルメティアから離れたがらないシエス。
そうなると、必然的に手が空いたエメラルデラとヴォルスに解体作業の役目が回ってくる。
竜二匹でも十分荒れるのに、三匹での訓練となる聖地内で作業する気にもなれず、二人は再び寒い外へと舞い戻ることになった。
「よし、ここらにするか」
白い息を吐き出しながらエメラルデラが進んでいくと、ほどよい木が立ち並んでいるのを目にしたヴォルスが、立ち止まった。
エメラルデラは、オダライアの背に乗せた荷物から使い込まれた縄を取り出すと、二本の木の間に縄を張るっていく。そして、獲物の体を逆さに吊し上げた。
そこまで二人で行ったあとは、スースの解体はヴォルスの受け持ちとなる。
ヴォルスは腰に携えたナイフを引き出すと、的確に血管を狙い、突き刺した。
鼓動に合わせて血が溢れ、放血されていく。
「慣れているな?」
手際よく血を抜き、毛皮を剥いでいく姿に山鳥の処置を進めていたエメラルデラは、僅かに目を見張った。
「戦地に行きゃ獲ることもあるし、帝国貴族でも武門家系はがっつり野戦から山中行軍の基礎訓練までやるからな」
「…貴族なのに?」
山鳥の毛を毟る手を止めて、訝し気に眉が寄せられる。シエスと気安く話し、現皇帝を若と呼ぶ男…いくら300年生きていると言っても、高位貴族でなければ難しいことは、容易に想像できた。
「帝国ってのは冬は首都さえ凍てつく凍土の国だ。強くなけりゃ生きていけん。それに先頭に立つのが、貴族の義務でもあるからな」
ヴォルスは手を止めずに、毛皮を丁寧に切り離しいく。下手な者がやれば脂肪を削り過ぎることも、毛皮を破いてしまうこともあるが、ヴォルスは危なげなく腹側から左右に皮を切り開いていった。
相応の訓練が必要な技術を見せつけられると、彼の言うことを信じざるを得ない。
エメラルデラが納得した矢先、話す間も迷いなく進んでいたヴォルスの手が、ふと、止まる。
「まあ…だからこそ坊は蔑ろにされてる部分もあるんだよな」
笑う唇の、いびつに歪んで見える口角の端。そこに見え隠れする苦々しさが、エメラルデラの心に引っ掛かりを生んだ。
「何でだ?」
「坊みてぇに戦わねぇ奴は、うちの国だと認められ難いんだよ。しかも、皇室じゃあ引き込もっちまってたしな」
「噂には聞いてたが…、…なぜなんだ?今のシエスは引きこもるような性格に見えないんだが」
真っ直ぐにヴォルスを見上げるエメラルデラの瞳は、真実を見ようとする。
その双眸の奥には批判も肯定もなく、ただあるがままの事実を受け入れようとする寛大な優しさと、高潔さがあった。
エメラルデラに見つめられていると、誰しも不思議と口を開いてしまいたくなるのだ。
それは、ヴォルスとて同じであった。
「…、…今の皇帝が番いを得て、すぐに前線に送り出されたって話しは、聞いたことあるか?」
「いや…」
なぜそんな事を聞くのかと、僅かな困惑を見せながらもエメラルデラは続きを促すために押し黙った。
視線を手元に落とすと、山鳥の羽根に手を掛ける。
「当時、帝室には側妃と皇妃の子含めて皇位継承者が13人。若と坊の継承権は11と12…話にもならねぇ筈だったガキが竜を得てよ、一気に継承権第1位に躍り出ちまったんだ」
「他に兄弟がいただろ?何で…」
「継ぐのは男女関係なく直系の第一子、と決まっちゃいるが…例外が一つだけある」
エメラルデラを羽根を掴む手に力を込め
「竜を得る…ということか」
ブチブチ、 と引き抜いていく。
無理矢理奪い取った感触が生々しく、指先から腕の表面を這っていった。
朝になってしまいました。更新が遅れて、申し訳ございません!
次回は水曜日に更新予定です。




