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おかしな二人

次にどんな言葉が飛び出してくるのか。警戒心を露に対峙するエメラルデラに、シエスは人が良い笑みを向ける。


「私が驚いたのは、貴方の出自のためではございません。何と申しましょうか、美しさと潔さに心を奪われたとでも申しましょうか…いえ、そうは言っても一目惚れや性愛の分類などではなくですね?何より、私には生涯を共にすると決めた伴侶がおりまして、何を隠そう今そこに居るヘルメティアこそがその方なのですが…美しい菫の瞳は今咲いたばかりの清らかさ、流れる髪は透き通り、皇帝の持つ海の御霊(みたま)という至高の蒼玉以上に輝き───」


立て板に水、というよりは激流のごとくに流れ出る美辞麗句が、シエスの口から語られる。段々と昂っていく声に両手を組み合わせ祈るような仕草は、まさしく陶酔(とうすい)といった具体であった。エメラルデラは思わず、呆れた声を漏らす。


「……何を聞かされているんだ、私は」


その言葉に同意とばかりに盛大な溜息を吐き出す、雌型の竜…ヘルメティアは肩で切り揃えられた青い髪を優美に揺らしながら、僅かに頭を傾けてはハの字に柳眉を歪ませる。


「本当に口から先に生まれたのかしら。って言うぐらい、お喋りなのよ。余計な事も多くて…あと、さっきはごめんなさいね。竜が番いを守るのは、本能みたいなものなのよ」


「いや、構わない。過ぎたことだ…用がないなら、私は行かせてもらう」


エメラルデラは一度だけ頭を振って応えると、これで話は終わりだとばかりに、踵を返そうとした。

正直これ以上の茶番に付き合う義理もない上に、日が沈みきる前に今夜の寝床を確保しなければならない。一人での旅路では、獣に襲われず、賊の目から逃れられる安全な寝床を得ることが、何より重要であった。

折角命を拾ったのだ、なおさら死ぬわけにはいかない。


再びオダライアに騎乗しようとしたエメラルデラであったが、それより先に大きな影に行く手を阻む。

視線を上げればシエスのひょろ長い痩躯(そうく)が、上から見下ろしてきた。


「待って下さい!貴方に提案があるんです、エメラルデラさん」


告げては、再び笑う顔。子供が笑うような無邪気さで、あるいは遊びに誘う気楽さで、口が再び開かれる。


「一緒に参りませんか、目的地は聖地でしょう?」


今度、瞠目(どうもく)することになったのは、エメラルデラの方だった。

流民に向かって友好的な言葉を向けるだけではなく、共に行こうと誘うシエスの言葉と意図が、理解できない。二の句が次げずに口を開いたままのエメラルデラへと、シエスは笑みを深めていく。


「竜の生まれたこの時期に、集団で行動しない流民がいるとすれば、聖地を目指している可能性が高いでしょう。ならば、一緒に行っても良いのではないですか?」


驚きと同時になぜ、と顔に書かれていたのであろう。エメラルデラの抱いた疑問の半分に答えるシエス。しかし、それだけでは納得できない提案であった。


「なぜだ。竜を見に行くだけの物見遊山なら、私は必要ないだろう」


問いを口にして初めて、エメラルデラは自分の言葉に違和感を覚えた。

なぜ、帝位継承権を持つ男が、こんな森の奥に(つが)いである竜と二人だけでいるのか。

森の中には他に気配もなく、護衛が賊に倒された形跡もない。

それに、旅の途中ではぐれたならば、もう少し慌てるような素振りがあっても良いだろう。

エメラルデラが考えを巡らせる程に、嫌な予想が確信に変わっていった。言葉に出せば確定されるであろう面倒な事実。それでも確かめずにはいられないのは、人の(さが)というものであろうか。


「シエス…お前は、なぜ一人でいるんだ?供は?」


確信を得るためにエメラルデラが問い掛ければ、シエスと視線がかち合う。斜陽(しゃよう)を背負う皇弟の顔は(くら)く沈み。感情の読めない(まなこ)がエメラルデラの次の言葉を促していた。


「────まさか…聖地への亡命か」


「ええ、ご明察です」


まるで出来の良い子供を褒めるような傲慢な、そして優しげな笑みがエメラルデラへと向けられていた。

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