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小さな棘(2023/03/14改編)

ヘルメティアの問い掛けに、オラトリオの肩に乗っていたピカイアとオラトリオは互いに顔を見合わせる。


「強くなれる……というなら、俺は頼みたい。早くエメラルデラを守れるようにならなければ」


「僕もオラトリオ様がそう仰るなら、お願いしたいです!」


二人の色好い返事によって、ヘルメティアの訴えるような視線は無駄に終わった。

二の句を告げられずにいるヘルメティアを尻目に、ヴォルスがピカイアに視線を向ける。


「ピカイアってのは、お前か?」


「はい、カラヴィンガのピカイアと申します!今はオラトリオ様の教育係を勤めさせて頂いております」


問い掛けるヴォルスの目の前まで、ピカイアは七色の光沢を帯びる翼を羽ばたかせて飛び立つ。

ヴォルスの目と鼻の先まで来ると、ピカイアは屈託なく笑い掛けた。

生き生きと笑う瞳は、透き通るような無垢と旺盛な好奇心を興味を宿して、ヴォルスを見つめていた。


「他のカラヴィンガとはよ、随分雰囲気が違うな?」


ヴォルスの脳裏に、一様に無機質な瞳を向けるカラヴィンガの眼差しが思い出される。

顎先を撫でながら、間違い探しをするようにピカイアの足先か頭のてっぺんまで眺めていく。

ヴォルスの目の前にいるピカイアはつぶらな瞳をくるり、と巡らせて一瞬考え込んでから、口を開いた。


「それは、エメラルデラ様に名前を頂いたからかもしれません」


ピカイアは初めて名前を貰った時のことを思い起こすと、嬉しそうに口許を綻ばせた。

そんなピカイアの表情につられるようにして、ヴォルスの眦に年輪を感じさせる柔かな皺が刻まれる。


「そりゃ良いモン貰ったな。名前ってのは、生まれて一番最初に貰う大切な贈りモンだ。そいつが今のお前を作ったのかも知んねぇなぁ」


エメラルデラが与えてくれた物を一緒に喜んでくれるヴォルスに、ピカイアは頬をぱっ、と火照らせて嬉しそうに笑ってみせる。

微笑ましく、平和な情景だった。

なのに、ちくり、 とエメラルデラの胸を棘のような違和感が突き刺す。

エメラルデラが違和感の正体を掴もうとしている間に、メルティスが爪先立って手を伸ばし、優しくピカイアの頭を撫でた。


「ピカイアちゃんはメルティと一緒にぃ、オラトリオちゃんとヘルメティアちゃんを鍛えましょうねぇ」


「はい、よろしくお願いいたします!」


にこぉ、と微笑むメルティスの薔薇色の瞳に、勢いよく頷いてピカイアは応える。


「オラトリオちゃんも、それで大丈夫ですかぁ??」


「ああ、改めてよろしくお願いしたい」


「考え直すのよ、オラトリオ!!メルティ姉様の修行は地獄よ!!あたしの比じゃないわよ!?死ぬわよ!!」


オラトリオの声に勢いよく被るように、悲鳴が上がる。

ヘルメティアの両手がオラトリオの襟首を引っ付かんで引き寄せると、身体を勢い良く揺すり立てた。

乱れる黄金の髪が波のように揺れて、オラトリオの顔に覆い被さる。


「ヘルメティアちゃんがそんなに喜んでくれて、メルティは嬉しいですぅ。サボったぶん、頑張りましょうねぇ?」


砂糖菓子のように溶けてしまいそうなやわらかな声なのに、メルティスの言葉には、決定事項を告げるような強さがあった。

ヘルメティアはぎしぃ、と軋みそうな動きで首を巡らせて姉を見下ろすと、メルティスは猫の爪のように細く、綺麗に並んだ睫毛の縁取りを細めて、ふんわりと笑っていた。

もう駄目だと悟った瞬間、ヘルメティアの手は凍りついたように動きを止める。

ようやく局所的な地震から解放されると、オラトリオは額から垂れ掛かる黄金の髪を押しやり、ヘルメティアへと笑ってみせた。


「一緒に頑張ろうな、ヘルメティア」


死なば諸とも。そう語るようにオラトリオは囁いた。


「うぅ……オラトリオの馬鹿ぁ」


弱々しい声を漏らすと、ヘルメティアは後ろへよろめいて、シエスの胸に頬を押し付ける。


「シエス……もうダメ、あたし死んだわ」


「ヘルメティア、大丈夫ですよ。死ぬ時は一緒ですからね」


嬉々としてヘルメティアの肩を長い腕で抱き込み、髪を優しく撫でるシエスへと、ヴォルスの眼差しが向けられる。


「竜の方は良いとしてだ。シエス、エメラルデラの訓練はどうしてる?」


「権能の使い方は、教えています」


()り方は?」


シエスは首を横に振る。

予想通りの返事だったのだろう、ヴォルスは考える素振りも見せずにエメラルデラへと視線を投げた。


「よし。なら、今後は俺が竜騎同士の戦い方ってのを教えてやるよ」

「あ、え、いや、私は……」


胸に刺さった小さな違和感に気を取られていたエメラルデラは、不意に投げられたボールを受け取り損ねたように歯切れ悪くどもる。


「遠慮すんな。シエスは戦わねぇだろ。実践でやらねぇと、竜騎の能力は身に付かんぞ。それとも、負けるのが嫌か?」


からかいを含みながら、ヴォルスの肉厚な唇の片端を捻り上げられる。

使い古された挑発は擦りきれて、飛び付く者もいないような代物だ。

だが、エメラルデラは敢えて一歩踏み出した。


「安い挑発だな……こっちは真剣しか持ち合わせてないぞ」


「構わねぇよ、どうせ傷つけらんねぇからな」


ヴォルスの口から再び挑発的な言葉が吐き出される。しかしそれは、今度は真実を告げているようだった。

300年という歴史の重さと、倒してきた敵の数が、ヴォルスの自信を確信へと変えているのであろう。


エメラルデラは声に出さず、口の中で男の二つ名を唱える。


───竜殺し


そう呼ばれる男を師として迎えられるのは、これ以上ないほど贅沢なことであろう。

しかしエメラルデラにとっては、帝国の命令一つで敵対するかもしれない油断ならない相手だ。

だからこそ、手の内を暴く好機をみすみす逃す訳にはいかなかった。


「言ってろ」


エメラルデラが鋭く双眸を細める。

空気が膨張し、張り詰めていくような緊張感が満ちていく。

エメラルデラが間合いを測ろうと、横に踏み出そうとした瞬間。


「はい、両者そこまでです。ストップ」


よく通る、男にしてはやや高いシエスの声が響いた。

目を向ければ、シエスの整えられた指先が、オラトリオの足元を指し示している。

そこには、まだ何の処理も行えていない獣と鳥が転がっていた。


「あ……」


思わずエメラルデラの口から、虚を突かれたような声が漏れ出る。

同時に、張り詰めていた空気が抜けていった。


「折角の獲物なのに、早く解体しないと傷みますよ。いつ目覚めるかも分かりませんし」


もっともな助言だった。

ふ、とエメラルデラは息を小さく吐き出し、肩から力を抜く。それから、全員を見渡して告げた。


「訓練は解体が終わってからだ」


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