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300年の積み重ね

シエスの双眸が、これ以上ない程に美しく歪な笑みに細められた。


自分の意思、命を賭けた選択を…正面から潰されたなら、まだシエスも納得がいったのかもしれない。

だが、全て無かったことにされたのだ。

それは、自分の選択も、ヘルメティアの決意も、全て不必要であると皇帝()は断じたということだった。


指が戦慄くのに合わせて、書状は乾いた音を立て。

パキン、 と軽い音と共に氷った。


「…そうですね。掌で踊らせるような真似をされて喜ぶように見えるなら、今すぐ貴方の眼球を抉り出して洗った方がよろしいかと」


妙に陽気に吐き捨てられる言葉が、シエスの怒りの程を表していた。


「まあ、そう言うな。若の身内はお前しかいねぇからな…守りたいってのが、本音だろう。それが分からん坊でもねぇだろうに」


「…、…───」


ヴォルスの錆び付いたような声はことのほか優しく語り掛ける。

皇帝だ皇子だと周囲が祭り上げ、対立を促しても、ヴォルスにとっては今も昔も幼い兄弟でしかない。

虐げられ、死線を超えて生きてきた二人を知っているからこそ、出来れば喧嘩などして欲しくない。単純ではあるが、それが本音だった。


「シエス…」


複雑な表情で押し黙るシエスの手をヘルメティアが強く握ると、寄り添うように優しく名を呼ぶ。

そんな二人の側に、二つに結わえたピンクの髪を弾ませて、メルティスが歩み寄ってきて。


「二人とも、むずかしく考えすぎですよぅ。バージェスはシエスが好きだからぁ、そばにいて欲しいだけですぅ。シエスはお兄ちゃんの干渉がちょぉっと、面倒くさいなぁ、って思ってるだけなんですよぅ」


にっこり、と笑った。

ヘルメティアの笑顔が満開の花であるならば、メルティスの笑顔は蜂蜜のように甘く、柔らかく、人の心を癒すような雰囲気を持っているようだ。

ふと、シエスの苛立った気配が緩んでいく。


「だからね、少ぉし時間をおいたらいいんじゃないかなぁ、って、メルティスは思いますよぅ」


「お姉様…、…」


優しく明るい姉の言葉に、ヘルメティアは小さく声を漏らした。驚きと感謝を綯交ぜにした声に、メルティスはもう一度優しい笑顔を妹とその番いに向けた。


「シエスはどう思いますぅ?」


10代の少女のような外見に(たしな)められると、実年齢が300であると知っていても、冷静になる部分がある。

メルティスの言葉は、シエスの感情を落ち着かせるには十分なものだった。


「ありがとうございます。メルティ…少し冷静になりました。結論を出すのは止めましょう…今はまだ」


燻る感情を飲み下し、素直に頷くシエスを見るとメルティスは嬉しそうに笑って返し。


「メルティたちもぉ、しばらく聖地に滞在して、サポートしなさぁい!って、バージェスに言われてるんですよぅ」


可愛いの権現のような少女は、人差し指で柔らかいほっぺを指差し全員を見渡した。

最後にヘルメティアに視線を合わせると、にこぉ、と笑ってみせる。


「ヘルメティアちゃん、こっちに来てから訓練できてなかったんじゃないですかぁ?メルティおねえちゃんがぁ、鍛えてあげますよぅ」


サァァァァ───

という、そんな音が聞こえてきそうな勢いで、あからさまにヘルメティアの顔から血の気が引いく。


シエス達のやり取りを見守っていた三人…エメラルデラ、オラトリオ、ピカイアは何事かと困惑して視線を見交わし、ヘルメティアの様子を盗み見た。

シエスはと言えば、柳眉を歪めて苦笑を滲ませていたが、止める様子はない。


「えっと、今は弟の…オラトリオの面倒をピカイアと一緒に見ていて…、…だからちょっと、難しくて。ね、そうでしょ?」


視線をさ迷わせて、声が揺れる。

助けを求める眼差しがピカイアとオラトリオに定まると、ヘルメティアは冷や汗で背中をぐっしょりと濡らしながら、二人に活路を見出だそうと話し掛けた。

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