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ソルラム

「ぅう゛っ……気持ち悪い」


呻いたエメラルデラは草原に仰向けに倒れ込んだ。両腕と両脚を伸ばして、力一杯陽射しを浴びる。

今日も神樹の瑞々しい葉の合間から、陽射しの階梯が降り注ぎ、エメラルデラの瞳を射抜いた。

眩しすぎる日射しに目蓋がを伏せると、暗くなった視界の中に赤い楕円形の物体が現れる。


「…ぐぅ…っ…」


また、呻きが胸の奥からせり上がる。苦手な物を無理矢理詰め込んだ時のような苦々しさが、口いっぱいに溢れ出すような声だ。

反射的に薄く目を開く。

僅かな隙間を貫いて滑り込む、光の破片を塞ぐように、長い影が黒髪と共にエメラルデラの上に落ちる。


「大丈夫です?」


逆さまに映るシエスの涼しい顔が、上から見下ろしてくる。

捻り下げられたエメラルデラの口端から、不貞腐れた声が吐き出された。


「大丈夫に見えるか?」


「まだ行けそうにお見受けしますよ」


エメラルデラが吐き出した嫌味は、シエスの冷淡な柔らかさに包まれて、潰されてしまった。


─────八つ当たりなんてしても、仕方ない


分かっている。と自分に言い聞かせて、深い溜息ごとエメラルデラは疲労感を外へと押し出した。

シエスが黒衣の裾を打ち広げ、隣に腰を下ろす。エメラルデラも脚を振り子のように振り上げて、勢いよく上半身を起こした。

お互いに向かい合うと、シエスは結跏趺(けっかふ)して坐り直す。

エメラルデラはその姿を片膝を抱えて、眺めていた。


「そこまで…落ち込むほどではありませんけどねぇ。まだ三日でしょう?」


シエスの紅い眸が目蓋の奥に半ば隠されると、静寂が瞳孔の内側で揺蕩って、沈んでいく。


「ああ」


 キンッ


エメラルデラの言葉に重なって、空気に罅が走るように澄んだ音が響いた。

組み合わされた脚の上、重ね合わせたシエスの掌から肉を掻き分けて結晶が生まれていた。


「課題は進められてます?」


掌の大きさの結晶は、澄んだ音を折り重ねて水晶のような六角の柱を、四方に伸ばしていく。


「…今日は頭の中でソルラム(トマト)と戦っていた」


 ピキンッ


と氷柱に亀裂が走った。

楽しそに弾むシエスの肩の波打ちが、亀裂の内を響いて罅を広げていく。

結晶の内側から生まれた新たな氷柱が、まるで腹を裂くようにして先に出来た亀裂の合間から枝を伸ばしていった。


「笑うことはないだろ…、…」


「ふふっ、いえ…それは強敵だと思いまして」


不貞腐れるエメラルデラの目の前で、増殖し続ける氷柱はシエスの掌から離れると、重力の軛から解放されてゆっくりとエメラルデラの顔の高さまで浮揚(ふよう)していった。

内側から次々と生まれ、自壊しながら伸びていく結晶は大小の氷柱の棘を持つ、歪な球体へと変わっていく。


「どうやったら、そんなに上手く扱えるんだ」


顔の前でゆっくりと自転しながら成長する氷塊を、エメラルデラは人差し指を伸ばし、軽く触れた。

それは確かに膚を舐める冷気を伴い、物質として存在している。


「権能を使いこなすには、練習あるのみですね」


「練習…、…」


そう、その練習こそが、今まさにエメラルデラを苦しめていた。


【自分の好きなものを想像してみよう】


そんな、単純明快な課題のはずなのに。しかしこれが、思った以上に難しい。

最初は形を作る。

次は、色を正確に。

自由に動かせるようになったら、匂い、手触り、全てを再現する。

エメラルデラが二日間かけて色と形までイメージできるようになったソルラムは、目蓋を閉ざすと直ぐに現れるようになった、が…毬のように元気よく弾んで、言うことを聞いてくれないのだ。


────ピカイア曰く、『修行不足』との話だったが…


「何事も近道はないものだな…」


今日、何度めかの溜息がエメラルデラの口から漏れ出す。

もう一度、指先で氷塊に触れた瞬間、そこを始点に氷に罅が走った。景色を透かす程に透明な氷塊は濁り


─────ッ


と音もなく、無数の六花になって散っていった。

雪の結晶が、暖かな陽射しの中でひらひらと舞って消えていく。

何度見せられても、不思議な光景だ。


「早く習得したいなら、権能を味わってみるのが良いですよ」


シエスの声に、エメラルデラは視線を向けると、満面の笑みにぶち当たる。

シエスがこういう顔をする時は、大抵、嫌な話が語られると相場が決まっていた。

それでも、声に少しの期待を込めて問い掛ける。


「味わう、というと…?」


「オラトリオさんの雷電に打たれてみる、とかですね」


─────死ぬだろ


「死ぬのでは?」


心の中の疑問が、そのまま口から零れ出た。

シエスの至極楽しそうな笑い声が、歯切れよく響く。


「ははは、確かに。氷とは違いますからねぇ」


「シエスは試したのか?」


シエスが徐に右手が持ち上げると、掌をエメラルデラへと差し向ける。


「凍傷で指が腐りかけた話でもしましょうか?」


手招くように、指が滑らかに折り畳まれていく。

光を受ける中指と薬指の先端に、ほんの僅かではあるが、赤い光沢が斑を作っているのが見えた。


まるで、火傷の痕跡のようだ。


「地獄か」


エメラルデラは吐き捨てた。

どうせ、誰かに無理矢理やらされたのだろう。

シエスの言葉の隙間から、表情の陰影の奥から、腐った過去の悪臭が臭い立つようだ。


「ヘルメティアが与えてくれた痛みだと思えば、治すのが惜しいぐらいでしたよ。私のために泣いてくれる彼女は、最高に滾りましたし」


握り込んだ掌をもう片手で包み込み、シエスは指の腹で手の輪郭をなぞる。

執拗に、丹念に、消えないように辿る仕草は、彼の愛情の深さの成れの果てだ。


「…変態だな」


エメラルデラの正直な感想だった。

顔をしかめるでもなく、事実をそのまま突きつけるような飾りのないエメラルデラの言葉は、露悪的に晒して見せた傷を開いて、綺麗に洗われるような鋭さがある。


「最近、言葉にキレが出てきましたね」


妙に嬉しそうな声を上げるシエスに、エメラルデラは肩を竦めて見せた。


「お前に付き合っていると、どうしたってな…そろそろ再開しよう」


エメラルデラはようやく気を取り直すと、シエスと同じように結跏趺して坐す。

シエスも倣って会話を切り上げると、静寂が波紋のように打ち広がった。

呼吸を深めて、集中力を高めるための助走をつける。もう一度ソルダムに挑もうとした瞬間。


シエスとエメラルデラの僅かな隙間を縫って、荒々しい風が走った。

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