番いの権能
今まで大人しくスープを口をつけていたオラトリオが、まるで自分の内側を覗き込むような仕草で、ぐるり、と視線を巡らせる。
「…俺の権能は、共有だな。一つは、俺と相手、双方向での思考共有。もう一つは、俺を媒介にして第三者同士での共有になる」
全員がオラトリオの言葉を飲み込み切れずに、着地点を失った沈黙が落ちた。
一足先に言葉を咀嚼し終えたシエスは、探るような目付きでオラトリオを見据えていた。
「…例えば私が想像した映像や文字、言葉をオラトリオさんを介してヘルメティアに伝える事が、出来るということです?」
「ああ、出来る」
あっさりと頷くオラトリオに、シエスの目付きが険しさを増す。
「複数人に同時に伝えることは?」
「俺の許容量にもよるが、それも可能だ」
これも肯定されると、人差し指を蟀谷に押し当ててシエスは項垂れた。長く滑らかな黒髪が、彼の気分そのままに重そうに垂れ下がる。
「何と申しますか…、…頭が痛いです」
本当に頭痛を覚えたのか、シエスの眉間には深く険しい皺が刻まれ渓谷をなしている。
驚きを通り越して途方に暮れるような声が、細々と漏れ出した。
「規格外というか…神国も帝国も、血眼になって獲得しに来ますよ」
「ふむ…そうなのか?」
いまいちピンときていないオラトリオの返事に、シエスは勢いよく顔を上げると、理解しろと訴え掛ける視線が真っ直ぐに突き刺さり、オラトリオに圧を掛ける。
「そうですよ。命令の伝達も、意思統一も困難な戦場で即時にやり取りできるんですよ?タイミングのずれ、勘違い、誤報…それで、どれだけの人間が必要のない死地に送り込まれたか。正しい情報というのは、戦争においては値千金の価値があるんです。オラトリオさん、貴方自身にも同じ価値があると、まず自覚して下さい」
シエスはオラトリオに言い聞かせるように、丹念に、丁重に、脳味噌に刷り込んでやるよう語り掛ける。
オラトリオは理解したのかしていないのか、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
「そうか、ではエメラルデラにもそれだけの価値がある、ということだな」
「え…、…私?」
二人の会話に真剣に耳を傾けていたエメラルデラに、思わぬ流れ弾が飛んできた。
面食らって二の句を告げなくなっているエメラルデラの胸に、とん、とオラトリオは人差し指を押し付ける。
「俺達は番いなんだ。俺に出来ることは、エメラルデラにも出来る…当たり前だろう?」
オラトリオが、エメラルデラの瞳を覗き込む。
細められる瞳は喜びに満ちて、どこか自慢気だ。
それに反してエメラルデラの顔からは、一気に血の気が引いていった。
そのままシエスの方へと、ぎぎぎぎぎ、と滑りの悪くなった首を巡らせる。
「シエス…私も狙われる。ということか」
「まあ、竜と番いは一心同体ですからねぇ」
それはそうだ。
全くもってその通りだ。
今度はエメラルデラが頭を抱える事になった。
「それは…使いこなせない方が良いんじゃないか?」
重々しく呟くエメラルデラの肩が、急に勢いよく掴まれて引き寄せられる。オラトリオの切羽詰まった真剣な顔が目の前に迫っていた。
「そんなことを言わずに!ちゃんと使ってくれ!俺とお前の絆なんだぞっ」
必死なオラトリオが、エメラルデラの身体をガクガクと揺すぶってきた。
手に持ったスープが勢いよく溢れそうになると、ピカイアがさっと取り上げて避難させてくれる。
火傷の憂き目から逃れられると、エメラルデラは そっ、とオラトリオの手に指を添えて、正面から見詰める。
「落ち着いてくれ、オラトリオ。私と君の絆が、そんな事で壊れることはないから」
「エメラルデラ…」
オラトリオの潤んだ瞳は、オダライアの幼い頃にそっくりだった。
エメラルデラは手を伸ばすと、よしよしとばかりにオラトリオの頭を撫でる。
砂糖菓子に似た柔らかい空気が、ふんわりと漂う。
だが、思わぬ声がその空気を壊した。
「纏まりかけてるところ悪いけど。ちゃんと使いこなした方が良いわよ、エメラルデラ」
声の主であるへルティアは丈の短いローブから伸びる細い脚を片手で抱えて、猫のように大きな瞳で二人を見詰めている。
いつになく真剣な顔に、エメラルデラの声も硬く引き締まった。
「どうしてだ、ヘルメティア」
問いかけるエメラルデラの鼻先に、ヘルメティアは人差し指が突き付けた。
「竜の権能は番いとの絆よ。エメラルデラがちゃんと使いこなせば、オラトリオは強くなるわ。どの国を選ぶにしたって戦争に巻き込まれることは必至なんだから、強くならないと…あなたたち、死ぬわよ」
エメラルデラからオラトリオへ、ヘルメティアは指先を滑らせる。まるで、二人の魂の繋がりを示すように。
竜の寿命は長い、だが、全うされずに終わることが多いと言われている。
その理由を暗に教えられた気がした。
────私とて、無駄に死ぬ気はない。
ならば強くなるしかない。
決心を固めると同時に、エメラルデの前に新たな壁が立ち塞がった。
「ところで…見えない物をどうやって使いこなせば良い?」
最もな疑問だった。
悩ましげに首を傾げるエメラルデラの目の前に、ピカイアが舞い上がる。
今までになく力強く笑うピカイアの幼い顔が、大丈夫だと語り掛けてきた。
「エメラルデラ様、大切なのはイメージです。何を伝えるにしろ、ご自身の中で伝えたい物を明確にしなければなりません。まずは頭の中で物を作り出す訓練をいたしましょう」
「そうですね、現実にあり得ないものを具現化するには、イメージを固めるのが第一段階ですらかねぇ。私も訓練にお付き合いますよ」
シエスの後押しが加われば、エメラルデラはようやく気を取り直した。
生き残るために必要なことならば、何でも学んできた。それがエメラルデラの過去を作り、今へと繋がってきたのだ。
エメラルデラは新たに学んでいく決心を固めると、ピカイアとシエスを順繰りに見渡してから、頭を下げる。
「ありがとう、二人とも。これからよろしく頼む」
エメラルデラが再び顔を上げると、喜びに頬を赤くし、弾けるような笑顔を見せるピカイアの姿があった。
「お任せ下さい!まず頑張るためにも、お食事の続きをいたしましょう」
自分の身体よりも大きな器を軽々と持ち上げ、差し出してくるピカイアのギャップに思わず笑いながら、エメラルデラは器を受け取った。
「ピカイアも、一緒に食べよう」
エメラルデラが匙でスープを掬って、ピカイアへと差し向けると、再び食事が始まった。
この時から、エメラルデラの長く険しく、そして地味の一言に尽きる訓練の日々が開始したのだった。




