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常識の範囲外①

「どんっだけ、心配したと思ってるの?」


エメラルデラの頭上から、今日、何度目かも分からない同じ言葉が落とされた。


「申し開きのしようがない」


正座で両手をつき、綺麗に頭を下げるエメラルデラの横には人型になったオラトリオがいた。彼も同じように頭を下げて微動だにしない。


「気持ちは分かるわ。でもね、まだ力にも慣れてないのよ、あなたたち。何かあったらって、心配で眠れたかったんだから!!」


「心底反省している。申し訳ない」


「あの、えっと、ヘルメティア様、ほどほどに……あの」


至極真っ当すぎるヘルメティアの言葉に、最早謝り続ける以外に許される方法など、思い付かなかった。

ヘルメティアとの間を取りなそうと右往左往するピカイアがいまいち彼女を宥める切れないのも、怒りの正統性を理解しているからなのだろう。

シエスは面白がって眺めているが、彼の紅い双眸をちらりと盗み見れば、奥底に凍えるような色が見える。明らかに、彼も怒っていた。

オラトリオがおずおずと顔を上げると、頬にくっきりと拳型の痣が刻まれているのが目についた。それに加えて、額にはヘルメティアの落とした氷の鉄槌によって出来たたんこぶが、一つ。

オラトリオ惨い姿を見るたびに、腹を抱えて笑うシエスと、蒼白になって気を失ったピカイアの姿がちらついた。


「オラトリオも、なにその頬は!!どうやったら竜にそんな痣ができるの?」


「面目ない……」


ヘルメティアは弟の目の前に屈み込むと、今日何度目かになるかも分からない、同じ問い掛けを投げ掛ける。彼女の華奢な手は、見事な歪みっぷりを見せるオラトリオの頬を確かめるように挟み込んだ。

珍しく抵抗も口答えもしない弟の殊勝な言葉に、反省した様子が見て取れる。

痣の理由は頑として語ってはくれないが、男の子なら姉や好きな子に秘密にしたい事の一つや二つぐらい、あるだろう。

そうやって問い詰めたくなる気持ちに折り合いをつけると、ヘルメティアはきっちりと両膝を揃えたまま座っているエメラルデラへと、視線を向けた。


「……ご家族は元気だったの?」


「ああ、元気そうだった。それに、冬への備えも渡せた」


エメラルデラに何でこんな事をしたのかと、最初に問いただした時


────家族に無事を知らせたかった

────兄弟姉妹を失わないために、厳冬への備えが必要だった


そう、弟の番いは言ったのだ。

聖地で生まれ、皇室で育ったヘルメティアには、想像さえも許さない厳しい環境と切実な願いが、言葉に込められていた。

そして今、エメラルデラの見せる嬉しそうな表情と安堵を覗かせる瞳が、ヘルメティアの怒りを(しぼ)ませていく。

エメラルデラはもう立派な大人であり、分別のつく年頃だ。弟であるオラトリオはまだまだ教えることが多いが、エメラルデラの判断に心配だからと嘴を突っ込んでいい理由にはならない。

ヘルメティアは深く溜息を吐き出すと、怒らせていた肩から力を抜いて、オラトリオの顔から両手を離す。


「はあ……もう良いわ、無事だったし」


「本当に済まない。あと、心配を掛けてごめん。ありがとう、ヘルメティア」


立ち上がったヘルメティアを見上げるエメラルデラが、珍しく眉尻を下げるようにして、落ち込んだ姿を見せていた。

急に幼く見える弟の番いへと、彼女は細い指を伸ばして優しく頭を撫でる。


「エメラルデラはオダライアを今日こそ水浴びに連れていって上げてね。あと、今度はまず相談して頂戴。あたしにも手伝えることがあるかもしれないし」


「分かった」


ヘルメティアは優しくまろい声で語り掛けると、少し遠く離れた場所で座っているオダライアに視線を向けた。

いつもならエメラルデラの傍らに居たがるオダライアが、今日に限ってはずっと踞ったまま動こうとしない。

エメラルデラが視線を合わせようとすると、横へと顔を背けてしまう。

どう考えても、拗ねているとしか思えなかった。

ヘルメティアの手が頭から退かされると、エメラルデラは立ち上がってオダライアに声を掛ける。


「一緒に水浴びに行こう、オダライア」


「では、俺も…いっ、っ…っッ」


性懲りもなく着いていこうとするオラトリオの耳が、姉の指によって思い切り引っ張られる。

長身のオラトリオは立ち上がり切れずに、屈むようにしてヘルメティアの方へと身体を傾がせた。


「オラトリオはまず、泉で治療してくること。今日は休んで、明日から私とピカイアと一緒に勉強と訓練よ。なんなら、エメラルデラも習う?読み書きや計算も教えられるわよ」


「いや、私は父から一通り習ってるから問題ない、と思う」


ヘルメティアの整った顔が、奇妙に歪んだ。

流民の教育水準は、お世辞にも高いとは言えない。共通語を綺麗に話せるなら良い方で、読み書きはできないのが当たり前だ。

エメラルデラが見栄を張ったり虚言を弄する性格でないことは、少し付き合えば分かる。しかし、それでも訝しさを覚えるのは仕方のないことだった。

驚いたことに、前話で10万文字超えておりました。びっくりですね。

個人的には20万文字ぐらいで終わるだろう、と思っていた小説なのですが、思ったよりも長くなりそうです。まだ序盤ではありますが、お付き合い下さっている読者の皆様、本当にありがとうございます。

これから帝国、神国の面々や国が登場していく予定ですので、お楽しみ頂ければ幸いです。


評価頂ければ今後の励みになりますので、よろしくお願いいたします。

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