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竜と流民⑤

今度こそ正真正銘の二人きりになると、エメラルデラの隣に座っているオラトリオが口を開いた。


「随分姉弟が多いんだな」

「ああ、全員6年前にテオドールに拾われたんだ」


膝を抱えるようにして座り直したエメラルデラの瞳が、赤々と燃える焚き火の炎を映し出し、濡れたように艶やかな光沢を帯びる。


「6年前に何があったんだ?」


焚き火から立ち上る煙が、帳の隙間から、外へと静かに流れ出ていく。

その軌跡を追いながら、エメラルデラはぽつり、と語り出した。


「…ここら辺で一度、帝国と神国の争いがあって…その時に皆、親を亡くしてな」


口にした途端、記憶の中から生々しい死の匂いが漂ってくる。

エメラルデラが初めて竜を見た日、その争いに巻き込まれて多くの流民は亡くなり、子供達は親を失うことになった。

そこに追い討ちを掛けるよう、厳冬の季節が襲ってきたのだ。

厳しい寒さを前にして、流民同士が蓄えを奪い合うようになるまで、そう時間は掛からなかった。

疑心暗鬼に陥り、互いに距離を置くようになっていくと最初に犠牲になるのは、親を亡くした孤児たちだ。

二人きりで生きてきたテオドールとエメラルデラの暮らしに、新しい家族が加わったのはその時からだった。

二人は他の流民から見放された子供を拾い、養い、そして命が零れ落ちていくのを見届けてきた。

その中でどうにか生き残ってきたのが、今の弟妹達だった。

6年前には言葉もろくに喋られなかった年少の三人はまだしも、年長者の者には竜に対する根元的な恐れと、拒絶感があるのかもしれない。

エメラルデラはアガサの顔を思い出すと、眉尻を下げた。


「あの時以来、アガサは少し竜に神経質なっていたのかもしれない…すまないな、君に嫌な思いをさせている」

「いや、俺は気にしていないが…その…彼の反応はそういう事じゃあないと思うぞ」


エメラルデラの伏し目がちな目元に落ちる濃い睫毛の陰を、オラトリオは愛し気に双眸を細めて見下ろす。

これが自分の主だと誇りたくなるような、清廉な美しさに惹かれるのが、自分だけとは限らないのだ。

オラトリオは、自分の番いと家族が再会した瞬間を思い出す。

喜びに泣き笑うエメラルデラを抱き締めていた、アガサの顔。そこには、押さえきれないような切なさが溢れていた。

そしてオラトリオを見た瞬間、彼の双眸から苛烈な焔が赤黒く噴き上がり、オラトリオを射竦めていた。

その眼差しに含まれる感情の名前を、オラトリオは知っている。


嫉妬だ。


オラトリオ自身も同じ眼差しを、アガサに向けていた自覚があった。この儘ならない感情に、誰もが振り回されているのだろうか。

向けられている感情に気付かない自分の番いは、幸せなのかもしれない。

いや、気付かれない事こそが、オラトリオやアガサにとっての、幸福なのかもしれなかった。


「じゃあ、どういう事だ?」

「それは…、…俺の口から言うべきじゃあない」


エメラルデラの訝しむような眼差しに、オラトリオは曖昧な微笑みと言葉だけを残して、口をつぐむ。

憮然と双眸を眇め、エメラルデラはしばらくオラトリオを見詰めてみる。

そうやって視線で訴えかけてみても、結局、オラトリオの表情からは何も読み取れなかった。

エメラルデラは諦めると両手を後ろについて、両足を投げ出し脱力した。


「私に分からないことばかりだな」

「誰しも、他人の事は分からないものだ。そこが面白いのだろうな…と思うようになってきた」


エメラルデラの拗ねたような言い方に、オラトリオは肩を揺らしてゆったりと笑う。

その大人びた彼の表情に、エメラルデラは一瞬目を奪われた。


「君は、たまに驚くことを言うな。本当に生まれたてか?」


じっ、とオラトリオを見詰めるエメラルデラに、彼の金色の双眸が悪戯っぽく細められた。


「それだけお前に早く追い付きたくて、必死なんだ」


オラトリオの眼差しとは裏腹に、真摯な願いが籠った呟きが、エメラルデラの鼓膜を擽った。

途端に落ち着かなくなると、エメラルデラは思わず視線を反らしてしまう。

オラトリオが見えなくなっても、何とも言えない温かく、擽ったい空気が肌を撫でていく。


「そうか」


エメラルデラが素っ気なく呟いた後は、穏やかな時間が過ぎていくばかりだった。

そんな二人の空気を蹴散らすような元気な声が、不意に響いた。


「二人ともお待たせ!準備できたよ」

「いっしょ、ごはん食べよ…おにいちゃん、ルデラ…


ラサとルルの二人が、エメラルデラ達を迎えに来たのだ。


「分かった。いま行くよ」


外に出ると、洞窟の前で組まれた焚き火の上で茸とペミカンのスープが、温かな湯気を立てていた。

塩付けの肉は香草を塗り込まれて焼かれ、香ばしい匂いと共に脂のはぜる音が、小気味良く響いている。

清潔な葉の上に盛られた果実の他に、切られた林檎は甘い匂いがする樹皮と一緒に焼かれ、子供達を夢中にさせていた。


「二人とも来たか。じゃあ始めるとしよう」


テオドールが豪快に笑ってエメラルデラとオラトリオを迎えると、全員が思い思いの場所に腰を下ろしていく。

子供達が落ち着いたのを見計らってから、テオドールは両手を合わせた。


「まずは、今日の恵みに感謝を」


全員が両手を合わせると、自然を信奉する流民達は、静かに黙祷を捧げる。

短い時間の感謝の祈りが終わると同時に食事が始まると、子供達の喜びが爆発し、会話の花がそこかしこで咲き乱れた。

オラトリオも自然と家族の中に溶け込み、屈託なく笑い合っていた。

その最中に、時折突き刺さるような視線が、オラトリオに注がれる。

オラトリオがそちらに目を向けると、刃のように研ぎ澄まされたアガサの眼差しが、確かにあったのだった。

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