竜と流民③
養父を先頭に森の中腹にあるやや開けた広場から、獣道へと入っていく。
鬱蒼とした森の木々に陽光が遮られると、一気に影は深さを増した。
暗く沈んだ足元は折り重なった落ち葉が層をなし、湿気を含んでぬかるみ、滑りやすい。それでも、山慣れた子供達の足音は、危なげなく跳ねるように響いた。
時折、ルルとエウリカが木の根にある茸を見つけては採取し、自生している香草を腕一杯に摘んでいく。
二人の腕に抱えられた香草からは、爽やかな甘さが立ち上ぼり鼻腔を擽った。
「一杯取れたな」
「うん!こんなに取れるなんて珍しいよ。きっとエメラルデラが戻ってきたから、山の神様が喜んでるんだね」
エメラルデラを見上げるエウリカは頬を紅潮させて、力一杯笑っていた。
採取に夢中になる子供達が遠くに行かないように目を配り、養父と共に周囲を警戒していたエメラルデラの鼻先を、清涼感のある香りが掠める。
獣避けに使われる嗅ぎ慣れた薬草の香りに視線を向けると、テオドールの肩越しに冬越のための棲家となる洞窟が目に飛び込んだ。
獣の毛皮で作った帳が掛かる入り口から漏れ出る、弟妹たちの話し声と、暖かな光が、エメラルデラたちの帰りを待っていた。
「懐かしい…、…」
「そうだろう。一年ぶりだもんなァ」
テオドールが帳を押し上げて中に踏み込むと、柔らかい空気が身体を包む。
立ち上る独特の獣臭と、生活の気配。洞窟の中であっても、エメラルデラたち流民にとっては立派な家だ。
たった一年離れただけだというのに、随分久々に感じながら中へと踏み込むと、毛皮の敷物の上で胡座をかいていたユリウスとルサが顔を上げた。
壁に寄り掛かるように座るアガサの姿もあったが、一瞬だけ視線をこちらに向けただけで、すぐに手元に戻されてしまった。
「おかえりなさい、寒くなかった?」
ルサとユリウスに迎えられるや否や、ルルとエウリカが入口近くで赤々と燃える薪を避けて、兄達の元へと走り出していく。
その後をオラトリオの肩から下りたシグが、慌ただしく追い掛けていった。
「ただいま!大丈夫だよ!それより、見て。こんなに取れたの」
「ルルも…とってきたの」
ユリウスが研いでいた狩猟用のナイフを後ろへ退かすと、二人を迎え入れた。
繕い物をしていたルサも手を止めて、二人の元へとにじりよる。
嬉しそうに頬を火照らせる妹達を見下ろすと、ユリウスは眦を下げてにこやかに二人を讃えた。
「沢山集めたね、二人とも流石だよ」
「凄いわね、ルルもエウリカも天才ね!」
傍らからルサが覗き込むと、そばかすのある顔に愛嬌満天の笑顔を乗せて絶賛してみせる。
「俺も俺も!見てくれよ、すごいだろ…っ!」
声を張り上げながら後から駆けてきたシグがルル達に追い付くと、勢いあまって敷物に果実が転がり落ちた。
その一つをルサが取り上げると、真っ赤に熟した果実に鼻先を寄せて力一杯香りを吸い込んだ。
「とっても良い匂い!素敵な物を取ってきたのね、木の実や果物探しは、シグが一番上手ね。頼りになるわ」
「へへ、オラトリオが肩車してくれてさ!いつもならとどかない枝から、とれたんだ」
照れ臭そうに鼻の下を擦るなシグの頭を撫でながら、ルサはオラトリオへと顔を向けた。
点々と転がっている収穫物を拾い上げながら中へと進んでいたオラトリオと視線が合うと、ルサの榛色の瞳がにっこりと笑い掛ける。
「ありがとう、オラトリオさん。鳥や鹿のこともだけどエメラルデラとまた会えて、わたし本当に嬉しかったの」
「僕からも礼を言わせてくれ。これだけの備えがあれば、無事に冬を越せる。本当にありがとう」
ユリウスが深く頭を下げると、傍らにいるルサが背後を振り返る。
視線の先にはオラトリオに会って以来、不機嫌を隠さないアガサがいた。
姉弟の無言の催促に苦々しく顔を歪めると、アガサは鋭い舌打ちを響かせ、オラトリオを睨み据える。
「…、…感謝してやるよ」
悔しさげに言葉を吐き捨て、再び視線を外すアガサの元へと大股でテオドールが近付いていく。
硬く握り込まれた養父の拳は、情け容赦なくアガサの頭のてっぺんに振り下ろされた。
「いっ…っ、っ…」
「この馬鹿息子はどうしようもねェド阿呆うなんでな、すまねェ。俺からも改めて礼を言う。エメラルデラに会わせてくれたこと、冬の備えをもたらしてくれたことも…全部、感謝してもしきれねェ」
両手で頭を抱えて転がるアガサを尻目にテオドールは真っ直ぐにオラトリオへ向き直ると、両手を腿に添えて深々と頭を下げた。
幼い子達たちも周囲の大人に倣うと、オラトリオは周囲を見渡して、たじろぐ。
「いや、俺はエメラルデラが望むことをしたまでで…」
初めてエメラルデラ以外の人間から向けられる真っ直ぐな感情にオラトリオは戸惑い、助けを求めるように自分の番いに視線を向けた。




