竜と流民②
腕を組んで子供達を見詰めるテオドールと並んで、エメラルデラはオラトリオに視線を向けた。
軽々と駆ける脚に合わせて、金色の髪が弾む。疲れを知らない均整の取れた長駆は、足首まである白い長衣を綺麗に翻し、緩急をつけて子供達を楽しませていた。
子供たちを捕まえようとオラトリオが迫ると、楽しそうな悲鳴が蒼天へと響く。
その度に、オラトリオは彫像めいた顔を破顔させていた。
子供達と打ち解けた様子を見ると、エメラルデラの唇からは無意識のうちに、安堵の吐息が溢れ出る。
「…良い番いみたいだな」
「うん…」
養父の呟きに、考えるより先に声が洩れた。
エメラルデラは片肘を太股の乗せて、頬杖をつくと指先で顎を撫で、記憶を辿る。
思い出してみれば、出逢って二日目だというのにオラトリオに助けられてばかりだ。それなのに、まだちゃんと礼の一つも言えていなかった。
タイミングに悩むあまり自分の番いを注視していると、こちらの視線に気付いたオラトリオが顔を上げ、ふ、と花弁が綻ぶような柔らかさで笑い掛けてきた。
不意打ちに心臓が跳ねると、エメラルデラは思わず視線を逸す。
行き場に迷ったエメラルデラの視線はしばらく辺りをさ迷うと、父の真剣な横顔にたどり着いた。
「ルデラ…行き先は決めたのか?」
「あ、いや…まだなんだ。しばらくは聖地に身を寄せようと思ってる」
唐突の問い掛けに驚いて言い淀むと、テオドールの表情に、安堵が滲む。
「そうか…聖地は悪い土地じゃないだろ。これからの時期なら、暖かいだろうしな」
エメラルデラは訝しむように、眉を歪めた。
「父さん、聖地のことを知ってるのか?」
「…昔ちッとだけよ、縁ってのがあってな」
これ以上、今は話すつもりはないとでも言うように、テオドールは唇を引き結んだ。
こうなってしまえば、どうあっても養父から欲しい答えは聞けないであろう。血の繋がりがなくとも、テオドール譲りの頑固さだと言われてきたエメラルデラは、彼のことが良く分かる。
聞き出すのを諦めると、エメラルデラは再び視線を前に戻した。
今度は最年少のルルが鬼になって、皆を追いかけていた。太陽は徐々に傾き、黄金色の陽射しが四人を照らし出している。
寒さの気配を感じさせる輝きに照らされ、地面に投げ掛けられた影の濃さに、メラルデラの口は自然と重くなった。
「…今年は乗り越えられそう?」
「ああ、取ってきたくれた肉のお陰でな、どうにかなりそうだ」
養父の返事に思わず深く息を吐き出すと、心が軽くなるようだった。
「念のため、明日朝一で私も狩りをしてくるよ」
「助かるが…あんまり聖地を離れてもらんねェだろ。戻らなくていいのか」
気安く言ったエメラルデラの頭に、ヘルメティアの顔が過った。多分、いや絶対怒っている。想像がつく。
嫌な予感に頬を引き攣らせながら、エメラルデラは視線を泳がせる。
「あー…、…大丈夫だよ」
「本当か?お前の大丈夫は、昔っからアテになんねェからなぁ」
「ははっ…気のせいだよ」
エメラルデラは頬を掻き、テオドールの疑わしげな視線から逃げるように立ち上がると子供達とオラトリオ向けて、声を張り上げる。
「今夜は泊まっていくよ、オラトリオ」
「やったぁ!!!」
告げた途端、上がった歓声がオラトリオの声を遮った。ルルがエウリカの手を取って駆け出すと、エメラルデラの膝にルルが抱き付く。エウレカは腰にしがみついて、ぎゅぅ、と力を込めた。
エメラルデラは驚きながらも妹達を受け止めると、伺うような眼差しが下から向けられた。
「ルデラ…きょうは、いっしょにねよう?」
「私も、だめ?」
「…、…分かった、隣に来ると良い」
一瞬の躊躇のあと、エメラルデラは頷いてみせた。物心ついてから初めて受け入れてくれたお願いに、ルルとエウリカの表情は、パッ、と花を咲かせるように笑顔に変わる。
「ありがとう!エメラルデラ」
「ルデラ…うれしい…」
エメラルデラは自分から手を伸ばすと、ルルとエウリカを抱き締めた。
嬉しそうに目を細める二人から視線を上げると、オラトリオに肩車をされてご満悦なシグの姿が目に入った。
「ふ…ははっ、すっかり仲良くなって」
「エメラルデラを預ける相手だからな!舎弟として認めてやったんだよ!」
「本来なら番い以外を乗せるなど、とは思うが…弟ならば…な?」
思わず吹き出して笑い始めるエメラルデラにシグが胸を張り、オラトリオは何とも言えない奇妙な顔をしてみせた。
「ルルも、のりたいの…」
「私も私も!乗りたい、竜のおにいちゃん!」
控え目に主張するルルと、両手を上げて跳ねながら元気に訴えるエウリカの頭へ、立ち上がったテオドールが掌を伸ばす。
二人を押さえつけるよう順繰りに撫でながら、おおらかで太い声が幼な子達を諌めた。
「肩車は後回しだ、暗くなる前に帰るぞ」
「はぁい」
日射しはまだ温かいが、山岳の日暮れはどうしても早くなる。
冷え込む前に帰るために、テオドールの声に従って全員が歩き出していった。




