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竜と流民①

枝葉を踏みしめる音が、響いた。

全員の視線が一斉に集中する。その音の先には、美貌が燦然と輝いていた。

黄金を溶かしたような髪が彩る、完璧な輪郭。

落とされた陰翳(いんえい)が精悍さと優美さを絶妙なバランスで保ち、瑕疵のない美しさは人の記憶に深く刻まれる。

あまりにも神々しい美貌の持ち主の手には、渡り鳥が無造作に吊され、肩には狩って間もないマダジカが担がれていた。見事な容姿と獲物の多さが異様な迫力を醸し出して、周囲を圧倒する異様さだ。


誰もが息を飲む中、渦中のオラトリオは悠然と周囲を見回していた。

彼の顔の中で何より印象的な金色(こんじき)の眸が、押し倒されているエメラルデラの姿を見付けると、鋭利に細められていく。

空気の中に走る、痺れに似た緊張感。

エメラルデラは動きを止めた家族達の肩を軽く叩いて退かせると、立ち上がった。


「すまない、オラトリオ。恥ずかしいところを見せた」


気恥ずかしさに項を掻いて俯いたエメラルデラの後頭部に、一転して柔らかな眼差しが注がれる。


「いや、エメラルデラが幸せそうで良かった。俺にとって、何より大切なことだ」


顔を上げると、陽だまりのようなオラトリオの眼差しと触れ合った。

言葉も無く見詰め合う二人の間に、突然三つの影が割り込んだ。


「エメラルデラを取っちゃ駄目!」


「だめなの…」


「そうだぞ、ようやく帰ってきたのによ!」


一番小さな末妹のルルはエメラルデラの足にすがり、エウレカとシグの二人が、エメラルデラを盗られまいと両手を広げて立ち塞がっていた。


「お前たち…」


エメラルデラが止める前に、オラトリオが担いでいた獲物を地面に下ろし、子供たちを睥睨すると、唇を歪めて尊大に笑ってみせた。


「ふむ、生涯の伴侶であるこのオラトリオに敵うと思っているのか、子等よ」


「なんだと!」


からかいを大いに含んだオラトリオの言葉に煽られて、子供たちが飛び掛かっていく。

白い長衣を翻して華麗に避けるオラトリオと、必死に追い掛け始める子供たちを誰も止められなかった。

エメラルデラは諦めて溜息を吐き出した。


「あれがお前の番いか?」


年長者の中で最初に口を開いたのは、テオドールだった。


「うん、私を乗せてここまで来てくれた。これも全部、彼からの手土産なんだ」


「何だよあいつ。いきなり来て伴侶とかよ。どう考えたって、ヤベぇ奴だろ」


誇るように頷くエメラルデラに横槍を入れたのは、真っ先にエメラルデラを抱き締めたアガサだ。

不貞腐れたようにそっぽを向いて胡座をかく弟の横顔に、エメラルデラは優しく笑い掛けた。


「心配し過ぎだ。オラトリオは時折変なことを言うけど、根は悪くない。仲良くしてやってくれ」


「でも、あの野郎は竜だろ!!」


「アガサ、止さねェか」


テオドールの重い声が、アガサを止めた。

決して荒げられる事がない養父の声は、悪いことをした時にだけ、重く、厳しく響く。

アガサは何も言えずに、苛立たしげに唇を引き絞った。


「アガサ、オラトリオが何かしたか?」


「気にしないでいいわよ、これはアガサ個人の問題だからね」


「そうだよ、エメラルデラ。まあ、僕たちが話を聞くからさ、安心して良いよ」


困惑したエメラルデラの肩を、弟妹であるユリウスとルサが左右から軽く叩く。

ユリウス、ルサ、アガサがテオドールに拾われてから6年、エメラルデラよりもアサガと親しく付き合ってき二人が言う事がなら、頷くしかなかった。


「それより、この獲物は運んで良いかな?折角の備えなら、早めに処理しないと」


ユリウスが地面に転がる獲物に視線を落とすと、浅いながらも息をしているのが分かる。

目覚める前に、処置しておく必要があった。


「ああ、そのために持ってきたから構わないと思う」


「よし、私に任せて!」


エメラルデラの了解を得た途端、ルサは腕巻くをして大きなマダジカに飛び付いた。

ユリウスは渡り鳥を腕に抱えて立ち上がると、アガサの腰を軽く靴先で小突く。


「話、聞いてあげるからさ、ちゃんと手伝って。早くしないとルサの腕が抜けちゃうよ?」


「ぅっせぇな…っ!」


アガサが眦を尖らせてユリウスを鋭く睨んだ。

対してユリウスは、優しく垂れた瞳を細めてにっこりと微笑(わら)ってみせる。

お互い一切視線を逸らさない、無言の攻防が続く。

だが、最後には根負けしたアガサが、舌打ちを一つ残して立ち上がることになった。

顔を真っ赤にしながら、自分と同じ大きさのマダジカを抱え上げようとするルサの側にアガサ立つと、鋭い呼吸と共に肩に大振りな獲物を担ぎ上げた。

いつ見ても、驚嘆すべき胆力だ。


「さっさと行くぞ、ユリウス、ルサ」


低く唸るように告げたアガサは、エメラルデラとテオドールの方を一瞬だけ振り返る。

アガサの視線が、エメラルデラの紫色の瞳と重なると、何か言いたげに微かに歪んだ。


「どうしたんだ、アガサ」


「何でもねぇよ」


戸惑うエメラルデラを振り払うように、アガサは獣道の先へと姿を消していった。


「行ってくるよ。二人は子供たちと一緒に戻ってきてくれ」


「エメラルデラ、あとで旅の話、聞かせてね!」


ユリウスとルサも両手に渡り鳥を抱えると、アガサの後を追って行った。

取り残されたエメラルデラは、呆然と成り行きを眺めることしか出来なかった。

残された困惑と、一抹の寂しさ。それを吹き飛ばすような笑い声が、不意に響いてくる。

エメラルデラが目を向けると、オラトリオと子供たちの笑顔が目に飛び込んできた。

3人と1匹の遊びは、追いかけっこから鬼ごっこに変わったらしい。逃げ回る子供と、オラトリオの楽しげな声が森に響き渡っていた。


「もう少し、ここに居るか」


「そうだね」


輝くような笑顔を見守りながら、広場に横たわる倒木の上にエメラルデラとテオドールは並んで腰掛けた。


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