再会
オラトリオの背からエメラルデラは養父の前に降り立った。
懐かしい姿を目の前にすると、喜びが少しずつ胸から沸き上がる。
一歩、また一歩と踏み出す度に、胸に収まり切らない喜びに突き動かされ、エメラルデラはいつしか駆け出していた。
テオドールは抱き締めていた子供たちから手を離し、飛び込んできたエメラルデラを万感の思いを込めて抱き締める。
「父さんっ!!」
「ルデラ…よく無事で、良かった…本当に良かったっ」
養父の掌は変わらず硬く、腕は幼い頃と同じように力強くエメラルデラを包んでくれる。
故郷に帰ってきた、そう素直に思える温もりだった。
噛み締めるようにして双眸を伏せるエメラルデラとテオドールの足に、どんっ、と強い衝撃が走った。
正体を確かめる前に、衝撃は次々と折り重なっていく。
「エメラルデラっ、…っ、」
「おかえり、なさい」
下を見れば幼い弟妹達が、エメラルデラの足や腰に抱きついていた。
見上げてくる瞳は安堵と一緒に、この上ない喜びが滲んでいる。
エメラルデラは瞠目し、一瞬身体を強張らせた。
反射的に逃げ出したくなるのを堪えると、恐る恐る手を伸ばして弟妹たちの頭に触れる。優しく髪を撫でれば、暖かい子供の体温が掌から伝わり、じんわりと心に沁みていった。
────人を恐れず、触れられることがこんなにも嬉しいだなんて。
歓喜が、胸に迫る。魂の内側から堰を切ったように感情が溢れ出た。
どうしようもない切なさと、喜び。
孤独が溶け出していく、泣きたくなるような恋しさ。
養父から与えられるものとは違う、他者がくれた無条件の許しと受容がエメラルデラと家族の壁を、いつの間にか取り払ってくれていた。
────オラトリオがいなければ、私は永遠に孤独なままだった。
温もりを知った今、どうしようもない恋しさがエメラルデラの心に混じり込む。
番いの姿を求めて視線を空に差し向けると、オラトリオが悠然と空を巡る姿が目に入った。
蒼穹の中に浮かぶ黄金の輝きは、まるでもう一つの太陽のようだ。
エメラルデラは眩しげに双眸を眇める。その視線に気付いたオラトリオは、金色の眸を優しく細めてみせた。
『エメラルデラ、着地できる場所を探してくる。暫く待っていてくれ』
「分かった、気をつけて」
オラトリオの柔らかく、甘い声は空気を震わせて響き渡る。
晴れ晴れと笑いながら声を張り上げて応えるエメラルデラの姿に、半ば夢だと疑っていたテオドールはようやく現実なのだと実感できた。
「竜に選ばれたのか…」
「ああ、名前はオラトリオ。私の番いだ」
エメラルデラの声には誇りが満ち溢れ、紫色の瞳が年相応の明るい笑みを宿す。
もし心の奥底に苦悩の影が燻っていたとしても、それさえ強さに変えていけるような、そんな清い力強さがそこにはあった。
その笑顔を、困惑と喜びを綯い交ぜにしたテオドールの眸が、映し出す。
「どうしたんだ、父さん」
「…いや、子供の成長っつぅのは、早いと思ってよ。しみじみしちまってな」
複雑そうな養父に、エメラルデラが問い掛けた。途端に照れたように笑って見せるテオドールに、エメラルデラも釣られておかしそうに笑みを滲ませる。久々に笑い合う二人の間に、服を引っ張る手が遠慮がちに割り込んできた。
視線を下げれば、年少者三人のうち一番幼い少女がエメラルデラの服の裾を掴んでいた。
エメラルデラは一度家族を抱いていた腕を離すと、屈んで少女と視線を合わせる。
「ルデラ…、…さっきのりゅうは、こわくないの?」
「大丈夫だよ、ルル。彼は私と仲良しなんだ。良ければ、友達になってあげてくれないか?」
エメラルデラが涼やかな瞳を優しく細めて頼むと、ルルと呼ばれた少女はおずおすと小さく頷いてみせた。
その横から、元気な盛りの少年がエメラルデラの肩に肩をぶつけて、主張してくる。
「しかたねぇから、おれも仲良くしてやるよ」
「ああ、よろしく頼むよ。シグ」
男兄弟の中で一番年若い少年の髪をエメラルデラが掻き混ぜるように撫でると、シグという名の彼はきゅっ、と瞳を細めて力強く笑っていた。
残り一人の少女をエメラルデラが振り返ろうとした瞬間、森の枝葉が揺れ獣道を一気に駆けてくる複数の足音が、響いた。
「親父!!無事か!?」
荒々しい声と共に姿を表したのは、汗を滴らせる青年の姿だった。それに続くように、二つの人影が森の木立から姿を現す。
「ルル、シグ、エウレカ!!大丈夫?」
「竜が、…っ、誰も欠けてない?」
呼吸を整える暇も惜しむように家族の安否を確かめる三人が、エメラルデラの姿を捉えると動きを止める。
そこに居たのは、残り三人の弟妹達だった。
弟妹たちはエメラルデラの姿を捉えると、驚きに息を飲んだ。
年少の弟妹と違って価値観や条理を備えた年長者三人が、家族を置いて旅に出たことをどう受け止めているか。エメラルデラに一抹の不安が過った。
そんなエメラルデラの心配をよそに、驚きから立ち直っていち早く駆け出してきたのは、一番に森から姿を現した青年だった。
よく鍛えられた腕がエメラルデラの肩を掻き抱くと、二人は勢いに負けて地面に倒れ込む。
「…馬鹿野郎っ、めちゃくちゃ心配したんだぞ!!」
倒れてもエメラルデラを手放そうとしない青年の狼のような精悍な顔立ちが、横顔に押し付けられる。頬に触れる黒髪が、どうにも擽ったかった。
エメラルデラが腕を回して彼を抱き寄せると、絡まる腕に更に力が込められエメラルデラの心配が杞憂のもであると、教えてくれる。
「うん…ごめん、…アガサ」
アガサと呼ばれた青年の後ろから、残り二人の弟妹が覗き込む。
「お帰りなさい、エメラルデラ」
「待ってたよ、無事で良かった。みんな心配してたんだ」
エメラルデラは心臓から沸き上がるどうしようもない喜びと、感謝に一瞬声を詰まらせ。
「ルサ、ユリウス…、みんな…ありがとう。本当に…」
絞り出すように、告げた。
途端、ルサと呼ばれた最年長の女性が、そばかすの似合う朗らかな顔を綻ばせる。その傍らのユリウスが、流民にしては線の細く柔らかな顔立ちを、穏やかに緩めていた。
────こんな風に、笑っていたのか。
エメラルデラは6年の歳月を経て初めて、弟妹の顔を真っ直ぐに見ることができた。自分を囲む家族を順繰りに眺めると、最後に自分の視界に逆さまに映る一人の少女へと、行き着く。
「ただいま、エウリカ」
「───…お帰りなさい!!エメラルデラ!」
最初に勇気を見せてくれた女の子。
エメラルデラに家族の愛を伝えてくれた少女は、とびきりの笑顔と共にエメラルデラを迎えると、アガサの上から抱きついた。
エウリカを真似て次々折り重なっていく幼い弟妹達。その姿にエメラルデラが笑顔を溢すと、徐々に顔が歪み。
エメラルデラは初めて、家族の前で泣いた。




