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振り回されて

ヘルメティアの叫びを背中に、再びオラトリオは空を駆けていく。

冷えた風は心地よくエメラルデラの肌を清め、黒髪を乱した。

優しさとは違う自然の荒々しさに身を任せれば、感覚はこの上なく研ぎ澄まされ、どこまでも広がっていくようだった。

蒼穹の中を行く途中、すぐ傍らを白狼鷲の一群が飛び去っていく。

純白の翼をおおらかに広げて悠然と空を渡る姿は、まさに空の王者という風格であった。

エメラルデラがしばらくその姿を眺めていれば、鷲はゆっくりと叢雲の中へと紛れていき、雲と一体となってかき消える。

白狼鷲がなぜ人目に触れないのか、その一端が知れれば、新しい秘密を知った楽しさが腹の辺りをうずうずと擽った。


エメラルデラが更に周囲を見渡すと、少し下の高度を渡り鳥の群れが飛んでいく。

いつもなら、こんな近くに獲物があれば家族のために狩っているところだ。

弓を持ってこなかったことが、何とも惜しくなる。


「折角だから、狩りをしたかったな」


『エメラルデラ、忘れていないか?俺は竜で、そしてお前の番いだぞ。望むなら、幾らでも捧げよう』


エメラルデラを振り返ったオラトリオの金色の眸が悪戯っぽく細められ、再び首を巡らせる。

三日月の瞳孔が針のように引き絞られると、大きく口を開かれた。

歯牙の合間に鋭い閃光が走った瞬間、空を裂く一条の輝きが()く駆ける。

金色(こんじき)の一閃は蒼穹どころか空間自体を切り裂くようは鮮やかさで、目が鋭く射る。眩しさに網膜の奥が明滅するような錯覚。

瞬く間に鳥の一群に迫ると、光が打ち据えられた数匹の鳥が不規則に痙攣し、落下していった。

網膜に刻まれた輝きを拭うように片手で目を擦るエメラルデラには、この光に見覚えがあった。

季節の移ろう頃に空を駆け、轟音と共に地面を穿つ輝き。

その荘厳さに憧れて、雨垂れの夜空見上げてい幼い頃の記憶。


「─────…っ、君の権能は、神鳴りか」


『それだけではないが…一先ず、獲物を回収していこう』


言うが早いか、散り散りに飛び去る鳥の合間を縫ってオラトリオが下降すると落下する鳥を歯牙に引っ掻けるように、掬い上げた。

噛み潰さぬうちに素早く首を巡らせエメラルデラの脚の間に静かに落とせば、肥えた鳥の重みが恵みとしてもたらされた。


「凄い…これで、家族たちの冬の備えの足しにできる。ありがとう、オラトリオ」


柔らかく目元を緩めるエメラルデラは、オラトリオの首元を優しく撫でた。

そのむず痒いような快さに、竜の胴腹がゆっくりと深く波打つ。

それから数度、獲物を同じように得る間にも、数ヶ月は掛かる道程が瞬く間に進んでいった。

東を目指す二人を照らしている太陽が、中天にもうすぐ差し掛かろうという時間だ。

その頃になって見慣れた山岳の景色が、エメラルデラの目に映った。


オラトリオに行く先の指示を出す傍ら、場所を確かめるために意識を下へと集中すると、以前より鮮明に景色が見通せた。

豆粒のような木葉が目の前に迫ってくるように見え、あらゆる生き物の気配が膚を撫でた。

驚いて集中を途切れさせると、以前と変わらない感覚へと引き戻される。

その急な変化の余韻だろうか、エメラルデラの側頭部には脈打つ痛みが残されていた。


「オラトリオ、目が見えすぎる。気配も…なんだ、これは」


『ああ、竜の番いは俺たちと同じように物を見、感じるからな。そうか、使えるようになってきたか』


喉を大きく鳴らして妙に嬉しそうな声を出すオラトリオに、エメラルデラは難し気に眉を歪めた。


「いや、集中すると勝手に切り替わる感覚だな。使えるという感覚には、程遠い」


『それは…身体に異常はないか?引き返すか?』


一転して気遣わしげにエメラルデラを振り返ったオラトリオの心配を拭うよう、エメラルデラは仄かに笑って見せた。


「いや、大丈夫だ。だけど…聖地に戻ったらシエスに鍛えて貰わないと」


後ろ髪を引かれながら前を向くオラトリオを見届けてから、エメラルデラは家族を探すためにもう一度意識を周囲に集中させた。

途端、連山の頂まで見渡せるように視野が広がり、意識を一点に集中させれば視界が狭まる代わりに、目標が目の前へと迫ってくる。

視覚の乱高下に、頭の中が掻き混ぜられるような感覚を覚え、目が回るような酩酊感(めいていかん)が脳を支配する。

エメラルデラは思わず上がりかけた胃酸を唾液と共に飲み下し、吐き気を堪えて周囲に視線を向けた。

そして、忘れもしない養父の横顔を遠くの木々の合間に見つけた。


「いた、あそこだ。オラトリオ」


エメラルデラが指で指し示した先に、オラトリオは首を巡らせる。同時に翼を強く羽ばたかせると、木々の幹を撓らせる勢いで一気に空を(はし)った。

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