騎乗訓練③
自分の番いの気持ちを知ってか知らずか、エメラルデラは竜の輪郭を確かめるよう辿りながら、シエスを振り返る。
「どうやって乗ったらいい?」
「まあ、一般的には竜に合わせた鞍を作りますね。なしでも鱗に足を掛けて乗れますが、結構苦労しますよ」
エメラルデラは竜の横腹辺りで立ち止まると、掌で輪郭を確かめる。鱗は鉱石のように硬く、鱗と鱗の継ぎ目には指先を掛けるだけの溝がある。
胴腹は曲線を描くため、登り初めは自重すべてを指とつま先で支えなければならなかった。
これでは、確かに苦労するであろう。
「オラトリオ、少し動かないでいてくれ。登ってみる」
『分かった』
返事を聞くが早いか、エメラルデラはオラトリオの腹につま先をかけ、両手の指で鱗の間の窪を掴んで登り始めた。
もともと靭やかだったエメラルデラの肉体は竜と番いになることで力強さを増し、鍛えられた体幹が優れたバランス感覚を与える。
最初は慎重に確かめていたが、できる、という感覚を得ると指先で一気に身体を押し上げ、腹を軽く蹴って一気に跳躍した。
まるで平面を走り、飛ぶような身軽さを見せるエメラルデラの姿に、シエスは珍しく目を丸く見開いた。
「乗るまでに、結構苦労される方もいるんですけどねぇ」
「流民ってみんな、ああなのかしら?」
翼と胴の繋ぎ目となる頑丈な骨格を掴み、懸垂の要領で身体を持ち上げると、エメラルデラは危なげなく翼の上に立ちあがった。
下にいるシエスとヘルメティアの感心をよそに、エメラルデラは何事もなく二人を見下ろしていた。
「座る場所はどこが良い?」
「首の付け根あたりですね。一番安定しますよ」
シエスが指で差し示す方向に、エメラルデラは前に視線を向ける。
石畳のようにごつごつとした鱗の上を歩いて、首の付け根まで歩み寄っていくと、頸骨の始点よりやや後ろに腰を据えた。
ヒポグリフの胴腹ほどもある首の根元を左右の脚で挟み込んで、座りの良い場所を確かめてから、手綱の代わりに鬣に触れて掴む。
「痛くないか、オラトリオ」
『ああ、大丈夫だ』
オラトリオの首を軽く撫でて具合を確かめると、重い声が触れ合った身体を快く揺らしてくれる。まるでオダライアに初めて乗った時の緊張と興奮が、甦るようだった。
「まずは歩く練習からよ。聖地の端まで歩きましょ!エメラルデラが命令して」
エメラルデラが命令する前に、オラトリオは大きく踏み出してしまった。
途端に大地が鳴動するような振動が地面を揺らし、エメラルデラの身体は上下に大きく弾む。
不意打ちに、エメラルデラはオラトリオにしがみついた。
『大丈夫か、エメラルデラ』
「すまない。少し、ゆっくり動いてくれ」
エメラルデラを振り返るオラトリオは、不安を隠せず双眸を揺らす。
「オラトリオ、主の声に従いなさい。あなたが一途に信じるべきは、その言葉のだけよ」
「竜にとっては貴方がこの世の全てです。正誤に関わりなく、ただ一心に従います。迷いなく、命ずるのが肝心ですよ」
戸惑う二人に、ヘルメティアとシエスの声が響いた。
先達たちの言葉は強く、長年培ってきた経験という礎がそこにあった。
エメラルデラは確りと頷くと、オラトリオと意思を交わすように目を合わせ、視線を真っ直ぐに前に向ける。
主の意思に倣うように、オラトリオも顔を前に巡らせた。
オラトリオの動きに大きな振動は伝わってきたが、今度のそれはエメラルデラが望んだ揺れだ。
驚きはない。
「オラトリオ、前へ。聖地の端まで向かおう」
エメラルデラの声に従い、オラトリオが踏み出す。まだぎこちなさはあるが、ゆっくりと歯車が回り始める手応えを確かに感じた。




