騎乗訓練②
三人を先導していくヘルメティアは、神樹と外界のちょうど中間あたりで立ち止まった。
見渡せば草原が広がるばかりで、ユルトも何も存在しない。
ヘルメティアがオラトリオを振り返ると、姉弟はお互い確かめて合うように、頷きあった。
「ここで良いと思うわ。みんな、オラトリオから離れて」
ヘルメティアが周りに告げると、彼女はにエメラルデラの手を引いてオラトリオから離れ、シエスも心得たものとばかりに距離を取る。
十分な空間ができると、オラトリオが蹲るように背中を丸めた。
そして、一瞬肩甲骨が隆起したかと思うと、分厚い殻を破くような音が響き渡った。
最初に目に映ったのは、背を突き破り空を穿つように高々と広がった翼だった。
大樹の幹に似て太い骨格は猛々しく、翼膜は陽光を受けて透けて見える。
細い血管に走る血液は、黄金の蜜酒が溶け込んでいるようだった。
軋む音と共に骨格が肥大化し、四肢の関節が人ではあり得ない方向へと曲がっていく。
形のよい唇の膨らみが失われ、耳へと向けて引き裂かれていく口角から、象牙色の歯牙の鋭利さが覗いた。
上下の牙の合間に、蒼白い火花が苛烈に輝く。
皮膚が裂け、肉が肥大する端から黄鉄鉱に似た鱗に覆われていった。
エメラルデラの身長の数倍はあるだろう巨体は、鎌首を持ち上げて、主達を見下ろした。
まさに、そこに居たのは一匹の竜であった。
金色の虹彩の中心にある美しい三日月の瞳孔が、驚きに見開かれたエメラルデラの瞳を覗き込む。
『どうだ、エメラルデラ』
鱗に覆われる口から響く声は、間違いなくオラトリオの声だった。
ただし、いつもより低く、重く、腹の底に響く。
頭を下げる彼の鼻先は、自分の主へと差し向けられる。
エメラルデラは僅かに躊躇してから、手を伸ばした。
頭の一対の角の合間から首の付け根まで続く、金糸のような鬣が滑り落ちて手の甲を擽った。
最初は遠慮がちに指先だけで、鼻先に触れてみる。
鱗の心地よい冷ややかさが肌に馴染み、同時に夢で幾度となく感じたどうしようもない懐かしさが、胸に迫る。
息苦しさを感じると、エメラルデラはいつの間にか呼吸が止まっていたことに気付いた。
「ああ…」
最初に、喉に張り付いていた声が息とともに細く漏れ、途切れると噛み締めるような沈黙が落ちる。
「────君は…本当に、なんて綺麗なんだ」
喉に張り付いていた声は、大切に守ってきた宝物を形にするように、そっと言葉へと変わった。
そんなエメラルデラの感動に水を注すように、物見遊山といった具合で片手をかざすシエスが気楽に笑った。
「これは、なかなか神々しいですねぇ」
「あら、さすが私の弟ね。いいんじゃない?」
満足気に頷くヘルメティアの賞賛に、嬉しげに目を細めるオラトリオが、ゆっくりと首を上げる。
オラトリオは黄金の翼を大きく左右に広げて、胸を張って見せた。
『そうだろう、この俺のすべてはお前のものだ、エメラルデラ。誇ってくれて良いぞ』
「そうだな、私の竜として申し分ない」
あっさりと頷くエメラルデラに、オラトリオの縦長の瞳孔は真ん丸くなる。
思わず動きを止めてエメラルデラをまじまじと凝視すると、長い首を片翼に突っ込むようにして顔を隠してしまった。
エメラルデラが自分の物だと認めてくれた。
思わぬ喜びと気恥ずかしさをどう収めていいか、オラトリオには分からなかったのだ。




