騎乗訓練①
オラトリオの意気揚々と上げた声に、全員が目を見交わし、最後にエメラルデラへと視線を集中させる。
選択するのは自分なのだと遅れて気が付けば、一時停止していたエメラルデラの思考が動き出した。
「…、…私が君に乗るのか」
思わずこぼした言葉は、自分で聞いても間が抜けているように思う。
しかし、竜に乗る姿が一切想像できないのだから、仕方のない。
半ば困惑しているエメラルデラの気持ちを知ってか知らずか、オラトリオは力強く頷いてエメラルデラの手を両手で握り、胸に引き寄せる。
「そうだ、俺に乗ればどこまでも飛んで行ける。一緒に望むところに行こう、エメラルデラ」
言葉が終わるや否や、今度はオラトリオが前へと引っ張られる。気付けば、彼の身体は傾いてエメラルデラの胸に受け止められていた。造形美を極めたオラトリオの美貌が、自分の番いの顔を見上げる。
目と鼻の先に、エメラルデラの透き通る眸があった。いつもは思慮深い瞳が輝き、日に焼けた頬を火照らせて興奮を伝えてくる。
「…っ、なら、家族のところに行きたい。無事を知らせたいんだ」
「ああ、勿論…行こう。エメラルデラの生涯の伴侶として、俺も挨拶をしなければな」
オラトリオの蜂蜜色をした声が、この上なく甘く囁き掛ける。
途端、すん、と音がしそうなほどに冷静さを取り戻したエメラルデラの生ぬるく優しい眼差しが、オラトリオを見下ろしていた。
「その言い方は違うと思うよ、オラトリオ」
「っぅう゛っ、そんな目で俺を見ないでくれ、エメラルデラ…っ、…」
穏やかな声で容赦なく心臓を突き刺してくるエメラルデラの言葉に、オラトリオは胸を両手で押さえて崩れ落ちる。
正面切って冷静に否定されるのは、心臓に毛は生えていそうなオラトリオにも堪えるらしい。
やりすぎたか、と思う反面笑ってしまいそうになれば、エメラルデラは咳払いを一つして誤魔化した。
「まあ…取り敢えず、騎乗訓練からしたいと思う。どうすれば良い?」
「そうね。指導するのは…シエスと私が良いわね。汗をかくから、水浴びは後が良いと思うわ。片付けたらさっそく始めましょ」
仕切り直すように声を上げたのは、ヘルメティアだった。エメラルデラがさっそく器を片付けようと手を伸ばすと、颯爽と通りすぎる人影が横から食器をさらっていく。
行き場のなくなった手の先には、器を持ったピカイアがいた。
「僕が片付けますよ!皆様は準備なさってください」
「いや、私もてつだ…、…」
言うが早いかピカイアは次々と器を重ねて、器用にバランスを取り片手で抱え込む。もう片手には、匙を差し込んだ鍋が下がっていた。
手のひらサイズの少年の身体には荷が勝ちすぎるとしか思えない量に、エメラルデラは思わず手伝いを申し出ようとした。
しかし、ピカイアはまるで空気を抱え持っているかのように、身軽に飛んでいってしまったのだった。
言いかけた言葉だけが、エメラルデラの口の中に取り残されている。
「まあ、張り切ってくれてるしピカイアに甘えて準備しましょう」
「…そうだな」
ヘルメティアが軽く肩を叩いて促す。
諦めたエメラルデラが火の始末をすると、不思議なことに草地には焦げ痕もなく、ただ焼けた薪だけが黒々とそこに横たわっていた。
変わることのない世界を不思議な思いで見つめていると、不意に手を取られて引っ張られる。
「広い所に行きましょ、エメラルデラ。みんなも」
視線を上げれば、白く柔らかい手があった。その先でヘルメティアの宝石のような蒼い髪が、軽やかな足取りに合わせて、光を弾いて揺れている。シエスが彼女の傍らを陣取り、オラトリオはエメラルデラの横に立っていた。
一人だけ違和感に囚われるエメラルデラは、自分が異邦人になったような心細さを覚える。
しかし、その寂しさも四人で草原を歩いているうちに、いつの間にか忘れてしまっていた。




