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帝国の神国②

初めての食事を口一杯に頬張るピカイアの姿に、目元をなごませていたヘルメティアであったが、シエスの冷えた言葉にちらりと視線を彼へ差し向ける。


「まあ…帝国の侵攻を指をくわえて眺めているような神国でもないんだけどね。神国は一度だけ使節として行ったことあるのよ。シエスは嫌がっていたけれど」


「だって…お外怖いんです。仕方ありませんよね」


弛緩した笑い方でだらしなく言い切ったシエスを、ヘルメティアは胡乱(うろん)な眼差しで見据えた。


「怖いのはこっちよ、シエス。あなた向こうで何やったか覚えて…────」


「ヘルメティア、話が脱線していますよ?」


口を開いた彼女の言葉を、珍しくシエスが遮った。にっこりと笑うシエスにヘルメティアは言いかけた言葉を途中で飲み込むと、気を取り直して神国について語り始める。


「いえ…まあ良いわ…、神国は神国で良い場所よ。海に面した風光明媚(ふうこうめいび)な場所で、寒さの厳しい帝国と違って温暖よ。農耕地が多いから、まず食に困らないし…神国の主である天子(てんし)と聖地に対する絶対的な信仰があるから、基本的に規律が守られて街の中は安全だしね」


ヘルメティアは指折り神国の優れている点を上げていくと、最後にぴん、と人差し指を立てて注意を引く。

 

「ただし、本当に流民に対する差別は厳しいわね。帝国でも貴族になると結構酷いけど…聖地を信仰対象にしているから、神から見放された民ってだけで竜騎でも冷遇されるわ。その代わり、戦線から遠い位置に置かれるわね」


「なぜ?差別されているから、真っ先に消費されそうなものだが…」


エメラルデラの記憶にある竜同士の争いは、まるで災害のようだった。

あの直中に立たされるなど、死神に会いに行くようなものだ。

そんなエメラルデラの疑問に答えたのは、シエスだった。


「神国は神への奉仕を至上としますから、戦って死ぬことが誉れなのですよ。だから最後の一兵卒まで死兵となって掛かってくる…とのことです」


二人の話を聞きながら、エメラルデラは器の中のスープをゆっくりと匙で掻きまぜた。澄んで見えた中身は、底に沈殿した物が撹拌(かくはん)され、混濁していった。

世界は今、正にこのスープのようなものだった。国や個々の思想と欲が入り乱れ、混ざり合う。

誰もが全てを併呑(へいどん)し、身の内に収めようとしているのだ。

スープを一匙掬って口に含めば、鉄の重い味と血肉の旨味が舌に広がった。


まったく、なんて不自由な足枷なんだろう────


エメラルデラはあらゆる思想が絡め取ってこようとするのを嫌って、頭を振って払う。


「私は、両方とも行きたくない」


正直な感想だった。


「選んだほうが無難ですよ。というか、両国を敵に回すことになります。なんなら、数人の竜騎で無理矢理捕らえて脅す、家族に手を出す、ぐらいやってきますよ」


本当か。とエメラルデラが目で訴えるようにシエスに視線を向けると、無言の頷きが肯定してくる。


「余計に行きたくなくなった」


「ですよねぇ」


げんなりと呟いたエメラルデラに、シエスは同情混じりの同意を返した。


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