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異端の竜 (2023/01/20 改稿)

シエスとエメラルデラ、二人の笑い声が落ち着く頃にヘルメティアが視線を投げる。

眼差しの先には、艶々(つやつや)とした黒い羽毛に顔を埋めて休むオダライアがいた。

太陽を受けて銀色に輝く横腹が、呼吸に合わせて柔らかく波打つ。何とも平和な姿だ。


「オダライアが石運びを手伝ってくれたのよ。食事は自分で捕ってたから、後で水浴びに連れて行って上げると良いわ。ついでにエメラルデラも浴びしていらっしゃい」


ここまでずっと着いてきてくれたオダライアの献身(けんしん)に、エメラルデラは頭が下がる思いだった。


「分かった、後で一緒に行ってこよう」


エメラルデラが穏やかに答えると、言葉に反応したオラトリオが振り返る。


「では、俺もついて───」「来なくて良いよ、オラトリオ」


短い付き合いではあるが、オラトリオが言いそうなことはすでに分かっていた。

言い終わる前にエメラルデラが断ると、二の句を継げないまま唇を動かしていたオラトリオは腰を落として、悄然(しょうぜん)と座り込む。


「…、…分かった。」


飲み込みきれない感情を滲ませるのは、何とも子供のようである。


「君はたまに、子供みたいな顔をするな?」


エメラルデラはオラトリオの頭を見下ろすと、率直な言葉を口にした。

そこにピカイアが戻ってくると、自分が養育すべき竜を慰めるように笑い掛けた。


「仕方ありません。オラトリオ様は昨日生まれたばかりですから」


「昨日…?」


「はい、昨日です」


驚きと疑念が潜むエメラルデラの言葉を、ピカイアは肯定した。


「本来ですと、三日三晩で胎実から成体になるのですが…まったく成長される様子がなかったんです」


神樹に実る竜を胎児…胎実(たいじつ)は、本来すぐに人型を得て権能(けんのう)の扱い方を学び、歴史や読み書き、各国の情勢や道徳などの知識をつけていく。

そして、数ヵ月で知識的にも、精神的にも成熟していくのだ。

それと比較すれば、オラトリオは異常でしかなかった。


「ずっと心配していたんです。このままお生まれにならなかったら、どうしようって…一人で外に出てしまった時も、どうしたら良いのか分からなくて」


オラトリオが生まれてから昨日に(いた)るまでの記憶を、ピカイアは反芻する。

成体になることはなく、意思の疎通もできず。時折鳴き声らしきものを響かせる以外の反応を見せない胎実に、ピカイアはずっと、混乱していた。


生まれない子を育てる術を知らない少年は何をすべきか考えあぐね、とにかく聖地の話を隅々まで聞かせることにしたのだった。

来る日も来る日も繰り返し、一方的に語り掛け日々。

そして何の反応もないまま数ヶ月経ったある日。

唐突に鳴動したかと思えば、オラトリオは胎実のまま飛び出していってしまった。


この存在は異端である。


聖地を維持する役目を持つカラヴィンガ機能は、未だに警報を響かせ続けている。

だが、ピカイアとしての自分は異常でも何でも構わないと思っていた。

今、自分が養育すべき竜は番いを得て、こうやって話してくれている。

それだけでも、ピカイアにとっては大きな喜びだった。

自分に名を与え、竜を目覚めさせてくれた人…エメラルデラを見上げる。

そこには、ピカイアに向かって笑い掛ける顔があった。


「本当に子供だったんだな…これからも、オラトリオに色々教えて上げてくれ、ピカイア」


きっとピカイアの不安も、喜びも、懸念も、エメラルデラには正しく伝わっていないだろう。


それでも良いと思えた。


こうやって一緒に笑ってくれている今が、とても尊くて嬉しいことだと分かっているから。


「はい!エメラルデラ様」


ピカイアは目元を綻ばせて、頷く。

そうやって頭上で交わされるやり取りに、一人おいてけぼりをくらった形になるオラトリオは、いよいよ臍を曲げてしまっていた。

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