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食事日和

ピカイアの案内の元、エメラルデラとオラトリオは草地を歩いていく。

まだ上がりきっていなかった太陽はその姿を現し、朝の茜色と夜の群青で織り上げられた束の間の時間が、過ぎ去っていった。

陽射しは眩しく、澄んでいるように感じられる。

その()()えとした輝きは、厳寒へと向かう、季節の移ろいを感じさせた。

エメラルデラは歩みを進めながら、聖地と地続きとなっている、外界を眺める。


数ヶ月前であれば、太陽が登る前から兄弟たちと外に出て、狩猟を行って戻ってくる頃合いだ。

上手く森の浅層で獲物を捕ることができれば良いが、皆を養うためにエメラルデラ一人で、奥地へ踏み込むことも多かった。

エメラルデラが居ない今、その危険を冒しているのは、誰なのだろうか。


二度と戻れない旅路だと思い決めていたが、こうして命を拾うと、家族の面影(おもかげ)がどうしようもなく懐かしくなる。

そして、過酷な生活の思い出が蘇るたびに、エメラルデラの心中は嵐が去来(きょらい)したかの様に、ざわつくのだ。

だが、どんなに不安に苛まれても、すぐに戻れる距離ではないことは、確かだ。


無事を知らせる手立てがあれば────


歩く間も、思考ばかりが空回る。

そんなエメラルデラの耳に、高さの異なる二つの声が届いた。


「おはよう、二人とも調子はどう?」

「おはようごさいます、お二人ともお加減はいかがです?」


異口同音の質問に、エメラルデラはおかしそうに笑いながら視線を向ける。その先には、思った通りの二人の姿があった。

ヘルメティアは菫色の瞳を星のように瞬かせて、華やかに笑い掛けていた。

シエスはヘルメティアの正面に陣取り、草原の上に胡座をかいて座っている。


「ああ、おはよう。お陰でぐっすり眠れたが…シエスこそ、手は大丈夫か?」


「特に問題ございませんよ。ご覧の通り、元気なものです」


昨夜振り払ったシエスの手の具合が気になって、そちらを盗み見れば、シエスは軽く片手を持ち上げて指を動かして見せる。そこに大きな支障はないようだった。


エメラルデラが思わず、ふ、と安堵の息を吐き出すと同時に、芳しい匂いが鼻先を擽ってくる。


視線を移せば、石で組まれたかまどの上に燃えにくい生木の枝で、台が組まれていた。

その上には鉄製の簡易鍋が置かれている。匂いがそこから立ち上っているのに気が付くと、エメラルデラが口を開くより先に、オラトリオとピカイアが鍋を覗き込んだ。


「これが食事、というものか?」


「僕は知っていますよ、聖地に滞在する方々は、みなさま召し上がっていましたから」


好奇心を隠さない二人に応えるように、ヘルメティアは差し込んでいた木匙で中をゆっくり掻き回す。途端、先程よりも強い香りが立ち上る。

鉄分の多い肉独特の重い匂いと、滋味(じみ)に富んだ香草の香り。

鼻の奥に残る、刺激的で爽やかな余韻は香辛料だろうか。

様々な匂いが折り重なって、旨味を伝えてくる。


「今日は美味しい鳥が捕れたから、レバーで作った団子のスープよ。食べられる野草も多かったし、保存の効く香辛料もあったから採ってきたわ」


「肉は普通に岩塩での味付けですけど、腹に詰め物をしたので悪くないんじゃないですかね」


スープとは別に、掌よりやや大きいぐらいの丸鳥を焼きながら、シエスが口を開く。

どちらもエメラルデラにとっては、十分豪勢な食事だ。

塩といえば海に隣接した神国が生産している海塩(かいえん)が中心であったが、帝国の現皇帝に変わってから一気に産業が発達し、岩塩の採掘が容易になった。

岩塩が市場に出回れば、輸送費や人件費も相俟(あいま)ってやや高値で売買されていた海塩自体も、価格を下げることとなる。

お陰で、生きるための生命線であり、食事を楽しみに変えてくれる塩は、安価に流通するようになった。そして、持ち運びやすく保存の効く岩塩は、流民にも馴染み深い調味料となっていった。

その塩が塗り込められた鳥が数匹、竈から漏れ出る火で炙られている。丸々とした腹から香草の香りが交じる脂の滴らせ、香ばしい匂いを立ち上らせいた。

どう堪えても空腹を訴えてくるエメラルデラの腹は、今にも鳴き出しそうになっていた。

思わず片手で腹を抑えると、申し訳無さそうにもう片手を持ち上げる。


「すまない、シエス。ヘルメティア…私も分けて貰って良いか?あと、ピカイアとオラトリオにも…」


「もちろんよ!みんなで食べた方が美味しいでしょ?それに、エメラルデラはあんな大怪我した後なんだから、沢山食べないとね」


当然だとばかりに快諾するヘルメティア。彼女が了承するならば、特に異論を挟む気もないシエスであったが、ふと口を開く。


「でも、食器が流石に足りませんね」


「でしたら、僕が持ってきます!」


スープを覗き込んでいたピカイアが挙手をすれば、どこにあるのか問う前に、間髪入れずに翼を翻して空を(はし)り出す。

風のごとき…いや、まさに風を巻き起こしながら飛び去っていく姿は、あっと言う間もなく小さくなっていってしまった。

向かった先にある神樹の根本を眺めながら、風に乱された髪を掻き上げるシエスが、やや呆気に取られた調子で声を漏らした。


「…いや、まったく。元気ですねぇ」


思わずシエスとエメラルデラが顔を見合わせると、二人は一緒に吹き出すように笑い合った。

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