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新しい朝(2023/01/19 ②と統合)

護身用の短剣を腰に()いて、荷物から予備の革靴を取り出して足を通すと、エメラルデラはオラトリオを追ってユルトから出た。


顔を出し始めたばかりの太陽は、まばゆい陽射しを注いでいる。

エメラルデラは眩しさに思わず片手を(がざ)すと、周囲を見回した。

どこまでも広がる草地。

そろそろ雪の季節の足音が聞こえ始める時期だというのに、風は温かく頬を撫でていく。

獣が隠れられるような茂みもなく、それどころか虫の音さえ聞こえない。

こんなに長閑(のどか)な朝は生まれて初めてのことだった。


常に生命を脅かされ続けてきたエメラルデラは、安心感を覚えるよりも先に、戸惑いを感じていた。

思わずオラトリオを見上げようとした瞬間、こちらへ向かってくる翼の音が耳に止まる。


弦のように張り詰める、エメラルデラの神経。

弾かれたように視線を向ける。


視界に飛び込んだのは、ピカイアがこちらを目指して来る姿だった。

手を振りながら向けられる屈託のない笑顔に、一瞬引き絞られたエメラルデラの神経は柔らかく緩み、表情にも微笑みが広がっていく。


「おはよう、ピカイア」


「おはようございます!エメラルデラ様、オラトリオ様。お体の調子はいかがですか?」


先に挨拶したエメラルデラに、声を弾ませながらピカイアが二人を見上げる。


「俺は問題ない、エメラルデラはどうだ?」


オラトリオが鷹揚(おうよう)に一度頷いて応えるのに対して、エメラルデラは身体のあちこちの関節を伸ばすようにして具合を確かめていた。

確認が入念になるのは、昨日負った怪我を思い出したからだ。

倦怠感が身体の芯の部分にやや残っているが、他に違和感がないことを確かめると、二人に軽く頷いてみせる。


「ん、悪くない」


「でしたら安心しました。ただ、無理してはいけませんよ、傷は塞がっても出血した分の血はすぐに戻りませんから」


エメラルデラの返事に少しばかり緊張していたピカイアの肩から、力が抜ける。だが、すぐに表情を引き締めて忠告を口にした。

ピカイアからの言葉は、どうにも弟に言い聞かされているようで微笑ましい気分になる。しかし、彼は聖地のおいてエメラルデラ達の先達(せんだつ)になるのだ。

エメラルデラは思い直すと、重々しく頷き助言を受け止める。


「そうか、十分気を付ける。ありがとう、ピカイア」


自然と引き締められていたエメラルデラの顔の上に、不意に影が差した。

見上げれば、そこには予想通りの美しい顔があった。黄金色の髪が、雨垂れのように優しくエメラルデラの頬を打つ。


「俺が抱き上げていこうか、エメラルデラ」


「いや、遠慮しておくよ」


尋ね掛けてから行動に移そうとするだけ、成長したと言えるのかもしれない。表情には出ていないが、僅かに下る肩が気落ちしていることを伝えてくる。

動物的な感情表現に、随分と美しい生き物がいるようだと思うと、エメラルデラは手を差し伸ばし、オラトリオの頬を宥めるように優しく叩いた。

それは、いつもオダライアを(たしな)めたり、落ち着かせる時に行う仕草であった。

無意識の行動に、深い意味はない。


ただ、不意打ちで伝えられた体温は、オラトリオにとっては強い毒であるというだけのことだ。


エメラルデラは視線をピカイアに差し戻すと、気になっていたことを問い掛ける。


「ピカイア、シエスとヘルメティアはどこにいる?」


「あっ…、ええと、お二人とも狩りに出掛けておられましたが、戻ってきています。エメラルデラ様とオラトリオ様が起きたら、お連れするようにとの話でした」


エメラルデラの問い掛けに、遅れて反応するピカイアは視線をそらした。


───頬は薄紅、唇は薔薇色、蕩けた金色(こんじき)の瞳は艶めいてそぼ濡れている───


そんな、傾国の美女さえ裸足で逃げ出しそうなオラトリオの表情には、危うげな色気が滲み出ていた。

気恥ずかしくなるような…見てはいけないものを目にしてしまったような気分に、ピカイアは視線を彷徨(さまよ)わせる。

しかし、どんなに理由があろうとも、エメラルデラからすれば、急にピカイアが落ち着きを失くしたようにしか見えなかった。


エメラルデラはオラトリオの頬に当てた掌を離すと、膝を少し折ってピカイアのつぶらな瞳を覗き込んだ。


「大丈夫か?ピカイア」


「はい、もう大丈夫です!すぐにご案内いたしますね」


記憶を振り払うように勢いよく頷き、明るい声で返事を返すピカイアが、二人を案内すべく背を向けて空を滑り出す。


先に踏み出したエメラルデラは、しばらくして後を着いてくる足音がないことに気が付いた。

肩越しに振り返ると、こちらを真っ直ぐに見詰めるオラトリオの視線に行き当たる。


「オラトリオ、行くよ」


「────…ああ」


陽射しに遮られ、エメラルデラはオラトリオの表情を捉えることができなかった。しかし、彼の応える声は何よりも優しく、鼓膜を撫でる。

踏み出すオラトリオにエメラルデラが微笑むと、二人はこちらを振り返って手を振って示すピカイアの後を追っていった。

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