酸い思い出
散々泣きじゃくった後の気まずさというものは、何歳になっても筆舌に尽くしがたいものがある。
お陰で、エメラルデラはオラトリオに顔を向けることができずにいた。
────だからといって、こんな状態も望んではいなかったのだが…
エメラルデラは自分の背後から伸ばされた腕が、身体を包み込んでいるのを見て取る。
背に触れる体温に意識を向けないように、自分の体の前で交差する手に視線を落とすと、爪先が目に入った。
淡い花弁を並べたような爪は歪みもなく、この竜はこんなところまで美しいのかと妙に関心してしまう。
───たぶん、これは一種の現実逃避なのだろう。
泣いた気まずさに、背を向けて座り込んだのが敗因だったのかもしれない。
後悔をしても手遅れだということを理解しながら、エメラルデラはオラトリオに背後から抱きかかえられたまま、どうして良いか分からずに傍らに置かれた自分の手荷袋を手繰り寄せ、中身がなくなっていないか確認しはじめる。
日中の騒ぎのせいで、オダライアの背に預けていた荷物から一時的に目を離してしまっていた。弓や矢筒は確認できていたが、小さな布袋に入れた中身まで、確かめる余裕はなかったのだ。
この中にはどうしても無くしたくない、大切なものが一つしまってあった。
エメラルデラが手を差し込んで中身を探ると、袋が一つ掌の中に収まる。途端、安堵の息を零すと、エメラルデラの表情に柔らかな微笑みが広がっていく。
「…、…良かった」
思わず呟きを漏らしたエメラルデラの肩の上に、ずっしりとした重さが乗せられる。
さらさらと音を立てそうな金糸の髪がエメラルデラの肩から滑り落ちて、腹の辺りに渦巻いて溜まった。
20代の後半に見えるオラトリオは、見た目と相反して少年のような好奇心に満ちた視線をエメラルデラの手元に注いでいた。
「それは何だ?」
「これは、私の家族から貰ったんだ。もったいなくて、なかなか口にしないんだが…食べるか?」
答えながら、袋の口を結わえている紐を緩めていく。
自分の掌の上に傾けると、中から二粒の乾燥した赤い木の実が転がり出てきた。物珍し気に指に取り上げるオラトリオは、それを眼前に翳してから鼻先に寄せる。途端、甘く芳醇な香りが鼻腔に満ちてきて、早く口に入れるようにと誘いかけてくる。
見るからに甘そうな木の実を、オラトリオは躊躇なく口に含み。
「すっ…っ、…っ」
絶句した。
オラトリオは目を白黒させながら口を押さえると、思わず顔を横に背けて、咽せ込みそうになる。
同時に、無尽蔵に溢れ出てくる唾液を必死になって飲み下すことになった。
そんなオラトリオの様子を肩越しに振り返れば、エメラルデラは快活に笑ってみせる。
「ははっ、酸っぱいか?」
「いや、おいしい…っ」
泣き顔を見られてしまった気まずさは、涙目になったオラトリオの顔を見ると、拭い去られていく。
強がりを言おうとして言葉に詰まるオラトリオの姿に、ようやくエメラルデラはいつもの調子を取り戻すと、自分の口にも木の実を放り込んだ。




