爪先立ちて、星を望めば
一瞬強張ったエメラルデラの力を溶かしていく体温は、決して無理強いをしない、だが力強い優しさを持っていた。
導くようにして、ゆっくりと眼前を覆っていた掌を下ろして、伏せていた目蓋をゆっくりと持ち上げていく。
涙に濡れた重たげな睫毛に縁取られ、澄み切った夜空を思わせるエメラルデラの瞳が、オラトリオを映し出した。
太陽のような眸は今は包み込むような熱と、真摯な色を宿し、エメラルデラを見つめていた。
嘘のない眼差しに射すくめらたエメラルデラは、時間が止まったような錯覚を覚える。
脳裏に浮かぶ、夢の記憶。
自分を呼ぶ懐かしい声と、美しい瞳。
──この眼差しを知っている
そう確信すると同時に、どうしようもなく胸が締め付ける恋しさが込み上がる。
オラトリオの言葉なら信じられるのではないかと、思わされる。
だが、エメラルデラはまだ一歩踏み出せずにいた。
根深い自己否定と過去の傷痕が、どこまでも影のように付き纏って引き止め続けるのだ。
退くことも進むこともできず、動けないエメラルデラの手をオラトリオが引き寄せると、よろけるようにエメラルデラは一歩前に踏み出した。
オラトリオは誓いを立てるように跪き、エメラルデラを見仰ぐ。
「エメラルデラ…、…貴方は美しい。誰よりも。何よりもだ。唯一無二の稀有な人よ」
「何を…っ…」
思わず張り上げかけた声が止まった。
心を込めた言葉と眼差しを否定し続けることが、エメラルデラにはできなかったのだ。
彼を信じたい…そんな願いが、胸に灯る。
いまだ自分から動けずにいるエメラルデラの指先に、オラトリオの唇が触れた。
その熱が
僅かな震えが
オラトリオの感情を伝えてくれる。
怯えているのは自分だけではない、と。彼も同じく怯えながら、それでも心を伝えてくれるのだと知れば、自分に付き纏う影が彼という太陽に溶かされていくようだった。
「貴方は俺の誇り。そして、俺は貴方の番いだ。裏切ることも傷付けることも…置いていくことも、ない」
再び、溢れ出す涙に、オラトリオの誓いが重ねられる。
「俺は貴方と出逢うために、生まれてきたんだ。だからどうか…傍に置いてくれ」
爪先立ちて、星に手を伸ばすよう。
手の届かぬ綺羅星を、望むよう。
傍においてくれと乞い願うオラトリオの言葉が、胸の深くまで突き刺さる。
心臓が脈打つたびに痛みに似た感覚が、血と共にめぐっていって、エメラルデラに瞳から涙を溢れさせた。
「──っ…ぅ、ぅ、う゛っ…ぁ、ああ゛あ」
わけも分からず泣きじゃくるエメラルデラは、オラトリオに縋り付く。
強く掻き抱いてくれる腕の中で湧き上がる痛みは、置き去りにされていた幼い自分のものだ。
隠していた傷は今ようやく露わになり、涙が流れるほどに癒えていく。
存在を受け止めてくれる家族以外の体温に、エメラルデラは初めて、生きることを許されたと感じたのだった───




