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美しき君へ

エメラルデラは、最初何が起こったか理解できなかった。


それほどまでに、非現実的…というより、似合わない光景だったのだ。

王冠のような黄金の髪は、整えられることなく垂れ下がり、月の女神もかくやという美貌が草地に擦り付けられている。

思わずたじろぐエメラルデラに、もう一度重ねて謝罪が告げられた。


「主よ…深く傷つけてしまったことを、心から(おわ)びさせてくれ。本当に、申し訳なかった」


目の前の相手、それは


自分の命を救った男


自分の秘密を知った男


自分と命を繋げた男


すべてが一人の存在を指し示し、恐れと不安、感謝と恋しさを綯交(ないま)ぜにし、自分の核心へと深く関わってこようとする。

エメラルデラは混乱し、どう接してよいのか戸惑っていた。

だから、自分の思う正しいことをしようと、考えた。


大丈夫だと告げ、こちらも昼のことを謝り、これからよろしくと笑って手を差し伸べる。


それで全てが解決すると思って、エメラルデラは口を開いた。


「…、…私の身体を、見ただろう」


震える唇から零れた声は、(ひど)く掠れていて、最初は自分が発したものだとエメラルデラは気付くことができなかった。

エメラルデラは思わず片手で自分の唇を押さえると、自分自身に驚きを覚える。


物心がついてからのエメラルデラが、感情の制御というものに失敗したことなど、数えるほどしかなかった。


寂しさも喜びも、いつだって自分の掌に収まる範囲であったし、堪えきれずに零れたとしても上手に付き合ってきていた。

しかし、目の前の男に出逢ってからはすべての(たが)が外れてしまったように、感情の波に飲まれて翻弄されている。

エメラルデラはこれ以上振り回されないように唇を噛み締めては、顔を上げる男を真っ直ぐに射抜く。

オラトリオはエメラルデラを正視すると、はっきりと口にした。


「ああ、とても美しかった」


その言葉が信じられなかった。いや、受け入れられなかった。


廃絶されるべき


拒否されるべき


嘲笑(あざわら)われるべき欠陥品


かつてエメラルデラを(もてあそ)ぼうとした男たちの顔と、目の前の男が同じに見える。

言っていることは真逆であるはずなのに、自分の内側に土足で踏み込んで侵そうとしてくるのだ。


視界が真っ暗になるほどの衝撃を覚え、次に一気に怒りが湧き上がると、()ても立ってもいられず、エメラルデラ反射的に立ち上がっていた。


言葉に刃があるならば

言葉が凶器になるならば


こんなにも残酷(ざんこく)に、心を刻むものはない。

噛み締めていた唇が、震える。

堪えきれない感情の波が溢れ出ようとしていた。


怒りが


悲しみが


悔しさが


誰にも言えない惨めさが


言葉となって溢れようとするのを、両手で心臓を掻き毟り止めようとする。

しかし、それは(むな)しい努力であった。

エメラルデラの瞳に、堪えきれない涙が滲み出す。

目の前が歪み、瞬きをすれば雫となって零れ落ちていった。

一度せきを切って溢れ出してしまえば、涙は止まらなくなる。


そして、嗚咽(おえつ)が漏れ始めれば、腹の底で膿んでいた感情が込み上がってくる。

これ以上の醜態を、自分の内側を曝け出したくない。

そう思っては、何度も溢れ出ようとする言葉を、飲み込もうとする。

しかし、すべて無駄に終わった。

堪えようとしていた唇が、最後は感情によってこじ開けられていく。


「──この身体の…っ、どこが美しいと言うんだ…あんな、…化物みたいなっ…だから、捨てられ…てっ、…こんな…っ、…醜い…っ、私はっ 、醜い っ」


馬鹿なことを言っている。

分かっているが、止まらなかった。

完全な八つ当たりであることも、理解していた。

エメラルデラは現実から逃れるように、目の前の男の目から逃れるように、両手で顔を覆い隠す。

暗闇が心地良かった。

まるで、泉で目覚める前に感じた、あの心地よい泥のような(くら)さだった。


このまま消えてしまいたい────


そう願ったエメラルデラの手を、大きな掌が握り込んだ。

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