表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/73

美しき人ーオラトリオ視点①ー

徐々に傾いていく陽射しに合わせて、神樹の落とす影が濃くなっていく。

懇々と語り聞かせるヘルメティアの言葉を耳に入れながら、俺は視線を遠くに見える神樹の幹へと向けては想いを(はせ)せる。


脳裡にありありと浮かぶのは、昼に見た泉での主の姿だった。胸に抱いている間にも弱っていく主の姿に、自分の心臓が握り潰されるような恐怖を覚えたのは、今も生々しく記憶に刻まれている。


血の海に沈む肢体(したい)

抱き上げた瞬間の重み。

自分の名を呼ばれた時の、胸が震えるような歓喜。


失われるかもしれない絶望────


生まれて直ぐに死ぬ恐怖よりも、主を失うことが怖くて堪らなかった。

主を抱きかかえると、俺はようやく得たばかりの翼で、一気に空を駆ける。


人々を、木々を、枝葉を翼膜(よくまく)の立てる突風で()ぎ払い、瞬きの間に神樹の枝葉の影が掛かる草原…聖地の領内に(いた)った。だが、まだ止まることはできない。

聖地に生まれ落ちて、まだ形も定かではなかった俺は知っている事の方が少ない。だが、今必要な知識だけは十分に持ち合わせていた。


神樹が根を張る泉へと、空を駆ける。

次々と風景が過ぎ去るなか、視界の中に同じ速度で飛行する小さな影が映り込んだ。


鮮やかな新緑を思わせる髪と七色の翼、見覚えのあるその姿は自分の教育者として定められた、カラヴィンガだった。助力を申し出る言葉もあったが、小さな手足と翼より、俺自身が手足を動かす方が何倍も早いように思える。

代わりに着替えを持ってくるように告げれば、離れていく姿に目を配る(いとま)も惜しみ、飛び続けた。


ようやく辿り着いた泉の(ほとり)は、いつもと変わらぬ静寂と清らかさを(たた)えている分だけ、主の中から溢れる血の生々しさが、鮮やかに、浮き彫りなる。


─────死んでしまう。


主の心臓が鼓動する度に、溢れる紅血(こうけつ)で俺の指は泥濘(ぬかる)んでいった。

取り落としそうになる身体を必死に抱き寄せ、一度草原に横たえては着衣を全て脱がせると、傷を確かめる。


主が背に受けていた傷は肋骨の合間を通り、片方の肺を潰していた。心臓に達していなかったのは幸いであったが、治療は一刻(いっこく)を争う。


もう一度腕に主を掻き抱くと、俺は走り出したくなるのを堪え、そっと泉の中へと入っていき、抱えた主の身体をゆっくりと沈めていく。

膚に触れる水は温かく、そこで漸く自身の血の気が引いていたことに気が付いた。

遅れて震え出す指先で主の頬を優しく辿ると、(わず)かに残る体温が安心感を与えてくれる。  


「二度と、離してなるものか」


執着よりも深く、情愛よりも濃く湧き出る感情は、出逢う前から抱いていたかのように、心臓を深く穿(うが)つ。

その衝動の強さは、主から離れることを苦痛に感じさせる程だ。しかし、それでも泉の畔へと引き返さなければならなかった。


治癒が行われている間は、健常者は泉から出なければならない。

そうでなければ、健常者の身体が泉の治癒能力を混乱させ、正常に能力が発動しない。

そうやって、教育者であるカラヴィンガに教えられていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ