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名の意味を知る

三人がお互いの顔を見合わせると、シエスが気を取り直すように咳払いを一つした。それから視線をピカイアに定めると、長駆をゆっくり傾けてエメラルデラの肩に乗る小さな少年に視線を合わせる。


「えぇと…そちらは先程顔を会わせた、カラヴィンガですね。オルトリオさんの教育係ですか?」


「はい、そうです。オラトリオ様付きのカラヴィンガ、名前はピカイアと申します!」


「珍しい、名前があるのですねぇ」


「エメラルデラ様に付けて頂きました」


胸を張るのように誇らしく名前を告げてから、エメラルデラを見上げる鮮やかな緑色の瞳が、輝くように笑う。艶やかな頬が高揚して染まる姿は、流民の子供たちの顔を思い出させた。


指を伸ばして頭を撫でると嬉しそうに目を細める姿が、暖かな体温と共に返ってくる。

それを見て羨ましくなったのか、オダライアがピカイアの身体を押しやって頭を肩に乗せてきた。

文句を言うピカイア、そ知らぬ顔で掌に懐くオダライアの姿にエメラルデラは笑った。


「同種が沢山いるなら名前がないと、不便なんじゃないかと思ってな。お前達の時はどうだったんだ?」


「ああ、私が聖地に参りました時にはヘルメティアの教育は終わっておりましたし、関わりが薄かったのですよ。直接関わるカラヴィンガも一人だけでしたし、不便もありませんてしたね」


「僕は名前を頂いて嬉しいです。認められるって、こんな気分なんですね」


オダライアと争っていたピカイアが、エメラルデラを見上げて破顔した。


名前は、個人を確立するための最初の一歩だ。

流民、帝国、神国…どこかに所属するということは、集団に組み込まれるだけのことであり、帰属の安堵はあっても、個になることはできない。


名前を得る――


そうやって初めて、自分は集団から切り離され、その他大勢の中から個として見出だされたと言えるだろう。

名前というものは、自分自身の輪郭を最初に作る型なのだ。

そして、成長と共に型の中に多くの思想や思考、嗜好(しこう)が注がれて混ざり、厚みを増していく。


だから名前は大切なのだと。

子供という個の誕生を喜ぶ、大切な贈り物なのだと。

捨て子であるエメラルデラに、唯一残された名に意味を与えた養父の言葉は、エメラルデラという個の型を最初に満たした思想だ。


それがやや(こじ)れて名付けが個性的になった感は否めないが、ピカイアの喜ぶ姿に自然とエメラルデラの眸には慈愛(じあい)が滲んでいた。

エメラルデラがオダライアを宥めていた掌をピカイアに差し向けると、温かい温度と共にピカイアという確かな輪郭の重みが乗せられる。


「一先ず、お二人が戻られるまで休憩できる場所にご案内いたしましょうか?」


「そうだな、少し掛かりそうな予感がするし…シエスも良いか?」


「ええ、構いませんよ」


ピカイアの問い掛けにエメラルデラは勿論、シエスも頷く。

なぜなら、遠くで聞こえてくる女性の声がまだまだヒートアップしているからだ。

エメラルデラの掌からオダライアの頭の上へと軽々と飛び乗ったピカイアが、行く先を小さな指で示した。


「では、ユルトにご案内致します。聖地では竜と番いの方が住まわれる場所となりますから、自由に使用して下さい」


ユルト、と聞いてエメラルデラの頭に疑問が浮かぶ。

ユルトは木の枠組みを布で覆って作られる円柱状の天幕だ。

野外での生活を考えれば十分な贅沢な生活であったが、しっかりと建てられた家屋に敵うかと言えば、難しかった。


「移り住む必要はないのに、建物じゃないのか?」


「えぇと…管理のしやすさもありますが、たまに場所が気に食わない。と仰る方もいますから」

 

「まあ…帝国と神国が一緒になりますと、何かと面倒ですからね」


エメラルデラはオダライアの手綱を引き、歩き始めながらピカイアに問い掛けると、少しばかり濁すように答えたピカイアの言葉を、シエスが引き継いだ。

理由を聞けば、エメラルデラの口から心底どうでも良い、とばかりに溜息が漏れる。


「まったく、ご苦労なことだな」


「それだけ、両国の溝は深い…ということです。そうやって一刀両断できるのは流民ぐらいですよ。」


シエスが紅玉の双眸を細めると、そこには心底可笑(おか)しそうな、(たの)し気な色が宿っていた。

国の(くびき)から解き放たれた三人と一匹は、互の話を各々に話して聞かせる。

時折、オラトリオの姿を思い出しては気持ちを乱すエメラルデラではあったが、それでも十分に楽しい一時だった。

三人の話は夕暮れを過ぎ、月と星が夜空に掛かる頃、オラトリオとヘルメティアが戻ってくるまで続くこととなった。

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