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初めての弟

エメラルデラの無事が分かりシエスが納得すると、空気が和らぐようだった。

ヘルメティアは、(わず)かに残っていた悲しみと不安の余韻を振り払うと快活に立ち上がり、周囲を見渡した。


「ところで、エメラルデラの竜はどこ?あたしの弟なんだから、顔見て上げないと」


ヘルメティアが唇を開いて明るい声を発すれば、空気がさらに軽やかになる。

いつも以上に華やかな声と表情、きらきらと輝く菫色の瞳が好奇心と期待に満ちていた。


本来、竜は神樹(しんじゅ)に実るものであり、家族という存在を持つことはない。

雌雄は存在するが生殖能力も持たず、一代限りの血となる。

そんな竜達はいつの頃からか、互いを兄弟と定めるようになっていた。

それが、争い合う彼らに残された唯一の(きずな)なのか、あるいは番いと共に親しき人々から置いて行かれる運命への慰めなのか。

理由は定かではないが、主以外に寄る辺なき竜達にとって兄弟の存在は大きな喜びであった。

それはヘルメティアにとっても、変わらない。初めてとなる弟の存在を心待にする瞳から逃げるよう、エメラルデラは視線を彷徨(さまよ)わせる。


「ああ、いや…、オラトリオは…私が倒してしまって…今、意識がなくてだな」


「…ちょっと待って、エメラルデラ。どうやったらそんなことになるの?」


気まずげにぽつり、ぽつり、と語るエメラルデラの言葉にヘルメティアの大きな瞳が(いぶか)しむよう眇められる。

旅の間にエメラルデラの柔らかな寡黙さと、冷淡さとは(しつ)の違う落ち着きを知っていたヘルメティアには、想像しがたい姿であった。

何をすればそんな相手に張り倒されるのかと、ヘルメティアの頭は疑問符で埋め尽くされていく。

そんな二人のやり取りを黙して眺めていたシエスがエメラルデラの背後に視線を投げると、何かに気付いた(あか)い双眸が、不意におかしそうに細められていく。

ヘルメティアの勢いに押されていくエメラルデラは、逃げ場を求めてシエスの視線の先を追っていく。その瞬間、低く深い甘みの声が鼓膜どころか脳味噌を(したた)かに叩いた。


「俺が主の裸身に見蕩れていたから、叱られたのだ」


「っ…、…」


男女の差別なく蕩けさせるような声が、エメラルデラを凍らせる。

振り返りかけた背に聞こえる衣擦れの音、草地を踏みしめる気配。声の持ち主の影に隠れていたであろうピカイアが、小さな羽音を立ててエメラルデラの肩に降り立った。

その僅かな反動に意識が引き戻されると、エメラルデラの顔に一気に血が上る。

羞恥と戸惑いい、自分の秘密を知った男への八つ当たりにも似た怒り。

起きたら助けてくれた礼を、と思っていたことさえも吹き飛びそうになる最中(さなか)、自分が口火(くちび)を切るより先に響いた声が、エメラルデラを圧倒した。


「─────アンタは、気遣いっていうのもがないのッッッッッ」


正に竜の咆哮(ほうこう)であった。鼓膜を突き破らんばかりの怒声に混じる、(たけ)る獣に似た声は大地を震わせ、草をも散らす。

人間では耐えがたい威圧感にまだ慣れはいエメラルデラは、身体をよろめかせた。その腰に絡む体温。

思いのほか硬く、成熟した力強さを宿した腕の持ち主…いましがた怒られた張本人であるオラトリオが、平然とエメラルデラを支えては胸へと抱き寄せていた。


「生まれて初めて見た美しい姿から、目が離せなかった。見詰めていたのは悪いことだったのか?」


涼やかな目元に、黄金を溶かしたような双眸。

精悍さと甘さを上手い具合に混ぜ合わせた輪郭の唇が、恥ずかしげも申し訳なさをなく、事実だけを伝えて問い掛ける。

ヘルメティアを見ていた視線が下がると、金糸の髪が白い長衣を纏う肩口から滑り落ちて、凍りついたまま引き()るエメラルデラの頬を撫でた。

冗談の部類ではない、本気の眼差しにオラトリオとシエスを覗く三人は、呆気(あっけ)に取られる。


「……ちょっと叱ってくるわ。エメラルデラ、オラトリオを借りるわね」


「あ、え、うん?…うん」


いち早く復活したヘルメティアは、頭痛に堪えるよう蟀谷(こめかみ)を押さえると、エメラルデラに問い掛けながらオラトリトを手招いた。

半ば呆けているエメラルデラが反射的に頷くと、オラトリオの手が名残惜しむように、一瞬だけ力を込める。


「では、行ってくる…主よ。すぐに戻る。待っていてくれ」


宝石と黄金、絢爛豪華(ごうかけんらん)な嵐のごとき姉弟が離れていくと、シエスとエメラルデラ、そしてピカイアは取り残されることとなった。

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